Saving Mr. Banks

Saving Mr. Banks

キャスト: エマ・トンプソン、トム・ハンクス、コリン・ファレル他
監督: ジョン・リー・ハンコック
上映時間: 125分
Rating: PG-13(MPAA)
公開日: 2013年12月20日全国ロードショー
配給会社: Walt Disney Studios

「メリー・ポピンズ」の誕生秘話とパメラ・トラバースについて描いた話題作

「メリー・ポピンズ」の誕生秘話とパメラ・トラバースについて描いた話題作
© 2013 Walt Disney Studios, ALL RIGHTS RESERVED.

 1964年の公開以来、フィール・グッド・ムービーの最高傑作の一つとして楽しまれてきた『メリー・ポピンズ』。『Saving Mr. Banks』はディスニーによる製作当時の複雑な裏話を見せてくれる。映画『メリー・ポピンズ』は1934年に出版されたパメラ・トラバースの小説『メリー・ポピンズ』(全8巻)シリーズを最初に映画化したものだが、できあがった作品を観て、原作者のトラバースは『メリー・ポピンズ』をストーリー性の薄い、明るいだけの娯楽作品に仕上げ、世界観を壊した」と怒り、全く評価しなかったと言われている。さらに、ディズニー・スタジオには残りのシリーズの映画化を二度と許さなかったというオマケが付いている。

 そんなウォルト・ディズニーとパメラ・トラバースとの間の“激しい関係”について少し和らげて楽しくコミカルに描いた作品が『Saving Mr. Banks』だ。

 ここでまたもやディズニーは、トラバースとの秘話を、彼女があれほど嫌った、何でも明るくまとめる“ディズニー作風”で綴り、トラバースが生きていたら(1996年に97歳で他界)もう一度激怒するような作品を作ってしまった。

 とはいえ『Saving Mr. Banks』は、パメラ・トラバースの伝記映画になっているわけではない。ミッキー・マウスを生み出したウォルト・ディズニーと、メリー・ポピンズを生み出したパメラ・トラバースが映画製作を通して「なぜ仲良しコンビにはなれなかったか」について描いている。この映画のポスターの2人の影を見るとトム・ハンクス(ウォルト・ディズニー)の影はミッキー・マウスで、エマ・トンプソンの影はメリー・ポピンズという洒落たデザインになっている。

 この映画を観ると、トラバースという女性作家の気難しさ、彼女の心の奥深くに潜む屈折した部分がどこから派生したものなのかが理解できる。彼女のオーストラリアでの生い立ちを描いた、映画の中のもう1つの映画も面白い。トラバースの美化された思い出の中で、父親を演るコリン・ファレルも上手い。トラバースが一生慕い続けた42歳で他界したアイルランド出身の薄幸な父親は、優しくハンサムな詩人のように子供の目には映っていた。実はアルコール依存症で責任感に欠け、家庭を経済困窮のどん底に引き落とす原因となったダメ男なのだが、その両面を上手く演じ分けている。

クセのあるトラバース役を好演したエマ・トンプソン

クセのあるトラバース役を好演したエマ・トンプソン
© 2013 Walt Disney Studios, ALL RIGHTS RESERVED.

 ウォルト・ディズニーは自分の娘に『メリー・ポピンズ』を何で映画化しないのかとせがまれ、映画権買収の交渉を望むようになるが、14年間話し合いのチャンスすらもらえなかった。トラバースはディズニーなどという、子供向けのアニメ映画を作るスタジオに「メリー・ポピンズ」を預けることはできないと信じていたし、ハリウッドという新世界を馬鹿にしていた。ロンドンに移住し『メリー・ポピンズ』の出版によって作家として成功していたトラバースが、ある日突然マネージャーに破産寸前と伝えられる。そして、金の成る木がありそうなハリウッドのディズニースタジオへ2週間の招待を受け入れる。

 トラバース役のエマ・トンプソンは彼女のことを「人を小馬鹿にするところのある、非常にスノッブで、ちょっと軌道を外れるほどこだわりの強い女性だったと思う」と語る。彼女を演じるにあたり、トラバースに関する本を3冊も読破し、彼女を知っていた人たちに会い、ディズニー・スタジオに残っていた「メリー・ポピンズ」映画化に関して制作側と交わされた彼女の実声のテープ6時間分も聞いた。「彼女の声の中に、聞いてる側が辛くなるような、どうしようもない悲しさを聞き取った」と言う。「彼女は心底不幸せで、自分を幸せにすることができない人物だったと思う」と役作りに使った要素を教えてくれる。

 「でもトラバースはあの時代に生きた女性としては抜群に勇気のある、自分の生き方をハッキリ持った人だった。結婚をせず、自分の思うように好きなように生き抜いたのは簡単にできることではないし、自分で選んだ人生を妥協せずに進んだ、素晴らしい女性でもあったと思う」と、エマはトラバースのもう一つの顔を賞賛する。この映画の中で描かれている彼女の強烈な自己主張について、自分の作品を大切にするなら当たり前のことだと言う人もいる。まして『メリー・ポピンズ』はトラバースの人生の暗い部分から絞り出されたような作品でもある。母親が自殺を考えるほど絶望的な日々が続いている時に、パァッと力強く現れたのがトラバースの叔母、エリーだった。明るく、テキパキして頼りがいがあるエリーはまさに救いの神だった。彼女が『メリー・ポピンズ』のモデルになっていることは確かだが、メリー・ポピンズという名前はトラバースが子供の頃から妹に聞かせたストーリーの中に登場していたという。貧しい子供時代、忘れられない父のこと、精神的に不安定だった母のことなど、過去から自分を解放できないでいたトラバースが『メリー・ポピンズ』のプレミアの夜に映画を見ながら涙を流すシーンがある。彼女がプレミア会場で涙を流したのは事実だが、その理由は映画が示唆するように過去からついに解放された浄化された喜びの涙だったのか、可愛いだけに仕上がった映画『メリー・ポピンズ』を嫌ったトラバースの悔し涙だったのか?それは誰にも分からない。


中島由紀子

Yukiko Nakajima■ロサンゼルス在住の映画ジャーナリスト。ハリウッド外国人記者クラブのメンバーとして、20年以上に渡り、世界中でスターの取材を続けている。ゴールデン・グローブ賞への投票権を持つ、3人の日本人のうちの1人


2013年12月号掲載