料理人、実業家 松久信幸氏|インタビュー 1

料理人、実業家 松久信幸氏|インタビュー 1
Photo by Gene Shibuya

アメリカにおける日本食界のパイオニア、“Nobu”として知られる松久信幸氏。従業員2000人以上を抱える今も、世界に点在する32店舗を精力的に訪ね歩いている。昨年は満を持してホテル事業に参入。現在もなお進化し続けるその素顔に迫った。

世界全32店舗を回りコミュニケーション強化

世界全32店舗を回りコミュニケーション強化

「MATSUHISA」のおまかせは味も見た目も一流

(左)トリュフオイルの香りが引き立つボリュームたっぷりの逸品。Nobuオリジナル調味料“ドライ味噌”が良いアクセントに
(右)「MATSUHISA」のシグネチャーディッシュ。新鮮なホタテの味を引き立てるソイソルトはNobuオリジナル調味料

Photo by Gene Shibuya

 現在、1年のうち10カ月間は海外生活をしています。東京とロサンゼルスを拠点に、北米、アジア、中東、ヨーロッパ、アフリカなど、世界各地にある「NOBU」レストランを回りますから、まさに旅人。ロサンゼルスに帰って来るのは月に1度です。各店舗では、現地のシェフやマネージャーとミーティングを行いながら、その間コーポレートのディレクターやシェフともスカイプで話をします。現地のスタッフと直接話をして、その店の状態、人事、料理などについての情報を把握し、問題や改善点があればチームで解決していく。

 もちろん僕の考案した新しい料理があれば、それを伝えることもあります。昨年12月にオープンしたモンテカルロのレストランを入れると、現在5大陸に合計32店舗がありますが、1店舗に費やす日数は3、4日程度。ですから皆楽しみに、時には手ぐすね引いて待っているんです(笑)。僕が行くと「こんな料理はどうだろう」と自分の作った料理に意見を求めてくるシェフも少なくない。そうなるとシェフと一緒にキッチンに立って、味やプレゼンテーションなどに、僕なりのアドバイスをする。軌道修正しながらできあがれば、そのシェフがレシピを作り「Nobuとこんな料理を完成させた」と各店舗に一斉配信。次のレストランに行く頃には、それがもう伝わっているという具合です。

 コンピューターなど便利な機器を駆使しながらも、やはり相手の目を見てきちんと話をすることが大事。自分が納得していても、相手に通じなければ何の意味もない。僕が世界中の店舗を回るのは、従業員とのコミュニケーションを大切にしているということも大きいですね。

進化し続けるためにグループ内で切磋琢磨

進化し続けるためにグループ内で切磋琢磨

アメリカシェフチーム「Nobu United」とのイベント時に撮影した一枚(2013年 ラスベガス)

 数ある「NOBU」レストランの中でも、今活気があるのはロンドンやドバイ、そして香港、東京などでしょうか。世界に点在するシェフは「アメリカ」「ヨーロッパ」「アジア」と大きく3つのチームに分かれているのですが、毎年チームで集まり、ゲストを招待した大イベントを行うのが恒例です。例えばアメリカのシェフチームは「Nobu United」と呼ばれていて、昨年はラスベガスに集まりました。イベントでは料理を一品ずつ創作し競い合います。皆が同じレベルではないだけに、現場で腕の立つシェフの料理を見て学ぶこともできる。そういう刺激を互いに与え合うために、各地域別に年1度、真剣勝負を行っているわけです。

 僕らの組織では、1+1=2という数式が通用しません。1+1は時に100になることもある。つまり現状を維持していくだけでは、そこにパッションを感じられないし、進歩は望めません。互いに切磋琢磨しながら、しっかりとコミュニケーションを取り合い、100に上げるように、モチベーションを高めていくことが必要です。店舗同士でいがみ合うのではなく、こだわりを取っぱらって同じ方向を目指す。同じレシピでもこっちの「NOBU」レストランの方が美味しいと言ってもらいたいという気持ちで作らなきゃ。それが競争だと思うんです。

 今は食品の流通が良いので、どこにいても豊富な食材が手に入る。それをどう使いこなすか。そこがプロのテクニックや感性だけれど、パッションを維持しながら、同時に新しいアイデアを常に取り入れていくのは並大抵のことじゃない。料理を突き詰めていくと終わりがない。終わりがないからこそ、楽しいのかもしれないね。


料理人、実業家 松久信幸氏

Nobuyuki Matsuhisa■埼玉県出身。高校卒業後、新宿の寿司店「松栄鮨」で7年間修業。24歳でペルーに渡り、1973年に共同経営でペルーに日本食レストラン「松栄鮨」を開業。3年で同店を離れ、ブエノスアイレスにて勤務。その後、アラスカ州に自らの店を構えたが、開業直後の火災により廃業。77年からロサンゼルスの日本食レストラン「ミツワ」および「王将」に勤め、87年にビバリーヒルズにレストラン「MATSUHISA」を開店。同店の常客であった俳優ロバート・デ・ニーロ氏の誘いにより、94年8月ニューヨークに「NOBU(NOBU New York City)」をデ・ニーロ氏との共同経営により開店。2000年10月にはジョルジオ・アルマーニ氏との共同によりイタリア・ミラノに「NOBU Milan」を開店。現在、世界中に合計32店舗を構える。自身のレストランと料理に関する複数の著作があるほか、映画にも出演経験を持つ
Web: www.nobumatsuhisa.com


1+1=100になるように切磋琢磨。現状維持では決して進歩は望めない 〜その2〜へ

1+1=100になるように切磋琢磨。現状維持では決して進歩は望めない 〜その3〜へ


2014年02月号掲載