異業種からのホテル経営

異業種からのホテル経営
Photo by Gene Shibuya

 InterContinental Los Angeles Century Cityの経営を任されてから4年目になりました。それまでは親会社である住友不動産の社員としてNYでビルの開発・管理の仕事をしておりましたので、ホテル経営はまったくの素人。文字通り手探り状態でのスタートでした。

 今の私しかご存知ない方は大変驚かれるのですが、幼少の頃は母の後ろに隠れているような引っ込み思案で、自分から何かを積極的にやるというタイプではなかったんです。でも成長するにつれて段々と自分の思いを表現できるようになりました。言葉にせずとも、自分の意思は持っていたんでしょうね。20歳を過ぎた頃から、アメリカに対する強い憧れを抱くようになりました。英語を話せるようになりたくてテレビに英語のキャプションを付けたり、持ち物全部をMade in USAに変えたり。歯ブラシまでアメリカ製にこだわって周囲に呆れられていましたね(笑)。

 入社後、念願叶ってNY勤務が決まった時は、本当に嬉しかったです。もう、見るもの聞くものすべて新鮮で、オシャレな五番街を闊歩しているだけで「夢が叶うとはこのことだ」と心が高揚したのを覚えています。もちろん仕事は一生懸命やっていましたが年齢も若かったですし、ある意味、夢心地で憧れだったNY生活を満喫していました。

人生を変えた9.11

人生を変えた9.11

NYのオフィスにて。NYはたくさんの想い出がつまった第2の故郷になりました、と三好さん

 そんな楽しい毎日が一変したのが9.11のテロでした。当時、オフィスビルのテナント誘致で営業活動を行っており、毎日のようにWTC(ワールド・トレード・センター)に通っていて、テロのあった日もいつものようにオフィスを出て、WTCに向かっていました。そこへ突然、日本の母から携帯に電話がかかってきて「世界貿易センターが大変な事になってるけど、あなたはどこにいるの!」と言うんです。現地より日本の方が情報が早かったんですね。大慌てでオフィスに戻りテレビをつけたら、バンっとあの光景が目に入ってきて…。最初は何が起こっているのか、まったく理解できませんでした。訳がわからないままTVに釘付けになっていると、目の前で2機目の飛行機が突入し、ビルが崩壊したんです。

 当時、NYでの顧客開拓はまだ新規の事業で、私も何もないところから営業活動を始めていました。アメリカのビジネス業界は基本的に飛び込み営業など受け入れないのですが、日本でやっていたスタイルそのままで、WTCのお客様のところに飛び込みで訪問していたんです。怖いもの知らずでしたね。色々な企業のお客様がいましたが皆さん、日本から来たまだ若い営業マンであった私のことも、優しく受け入れてくださいました。お客様との厳しい中にも暖かみのある交流を通じて、この国と人の懐の深さを実感し、ただ若い憧れだったアメリカへの気持ちが次第に、もっと文化を理解した上での深いものに変わっていきました。色々な意味で、私にとっての最初のステップがWTCだったんです。

 そんな大切な場所や恩義のある方々が目の前で消えてしまった…。ショックを通り越して現実を直視できないような感覚があり、しばらくは朝目覚めてもあれは悪い夢だったのではないかと思う日々が続きました。凄まじい喪失感を乗り越えるのには相当な時間がかかりましたが、それでもお世話になった皆さんお一人お一人の顔を思い出し、志半ばで家族を置いて逝かなければならないなんてどんな思いだっただろう、残された私がグズグズ落ち込んでいる場合ではない、頑張って生きなければと思うようになりました。私自身、アポイントメントの時間が少しでもずれていたらこの世にはいなかったわけですから、生かしてもらっているという自分の運命をしっかり受け止めるべきだと…。明日は普通に来るわけではないんですよね。だから今、伝えるべきことは伝える、今日できることは今日やる、それが自分のモットーにもなりました。

 テロの後、ニューヨークの大停電やハリケーンなどさまざまな災害に見舞われましたが、近所の人たちと支え合い、毎回無事に乗り越えました。大変な時こそ、かえって人の優しさ、温かさを実感できるんですよね。結局人生を支えてくれるのは「人」なんだ、ということを強く思うようになりましたし、これがその後の仕事にも大きく影響するようになりました。

第2の故郷を離れ

第2の故郷を離れ

センチュリーシティー商工会議所から業績を讃えられ「ウーマン・オブ・アチーブメント2012年」を受賞。日本人初の受賞となった

 立て直しのためにLAのホテルを見てくれないかという打診があった時は、正直迷いました。元々出世欲はありませんでしたし、何よりも第2の故郷のように感じていたNYを離れることが辛かった。それでもお世話になっている会社の命令ですので、半ば渋々、出張ベースでLAに飛び、ホテルの経営に関わり始めました。でもある時を境に、NYに未練を持って片足を残したような状態では、テロで亡くなった方の分まで全力で生きる、今できることは今、全力でやる、という自分のモットーに反するし、ホテルの改革を期待してくれている従業員にも申し訳ない、と思うようになったのです。そこでNYを離れ、ホテルの中に住んで、公私共にその再建に専念できる環境を作りました。

真っ暗なトンネルを進んで

真っ暗なトンネルを進んで

2014年4月、最高益を出した時のお祝いディナー。頑張った仲間にお腹一杯食べてほしいから、と自腹で社員を招待した。ビバリーヒルズのステーキハウスにて

 愚痴になってしまいますが、最初の数年は本当に苦労の連続で、人間不信に陥りそうなほど厳しい目にも直面し、痛い思いもたくさんしました。どこから手を付けていいのかわからないくらい経営も悪化していたのですが、私はお客様にご満足いただけるホテル、納得していただけるサービスをご提供するためには、まず「Employee’s First」で、従業員を大切にしようと考えました。従来のホテル経営に見られるように、マニュアル教育を徹底し、アメとムチよろしく「昇給とレイオフ」で従業員を管理しサービスの質を上げる、という方法を選ぶこともできました。もしかしたら、その方がやり易かったのかもしれません。でもせっかく経営を任されたのだから、自分が学んだこと、経験してきたことを活かし、私にしかできないことをしたいと考えたんです。一分の猶予もないような状況ではありましたが、まず従業員に何かを強要するのではなく、社長の私が自ら安心できる職場を作り、一緒に働くみんなを心の中でぎゅっと抱きしめるような気持ちで大切にしてあげたいと思いました。

 ホテルのサービスは、もちろんマニュアルとして接客の基本を勉強することも大切ですが、その先は「お客様を大切にしたい、何かして差し上げたい」というおもてなしの気持ちの方が大切だと思うんですね。そしてこの気持ちは必ずお客様に通じるものなのです。自分の経験から、大切にされ愛情を受けた人でないと、人を大切にするのは難しいと考えておりましたので、お客様へのサービスうんぬんとお説教する前に、まず社長である自分が従業員に愛情を注がなければと思いました。そしてこの気持ちは不思議なくらい従業員にすぐ伝わり、バラバラだった職場に連帯感が生まれ、モチベーションが急激に上がっているのを感じました。そしてそれはすぐお客様に対するサービスの向上に繋がりました。例えビジネスでも、基本は「人」なんですね。

 弊社で働くということに安心感を持ってもらうために、マネージメントスタッフからハウスキーパーまで、従業員への情報の共有にも努めました。就任後、色々な改革を進める中、「ESS(エレガント、ソフィステイケーテット、セクシーの意)」なホテル作りを提案したのですが、その話をした次の日廊下で、ハウスキーパーの女性から「ESS」をモットーに客室清掃と部屋作りを頑張ります、と声を掛けられたのです。本当に嬉しかった。従業員の気持ちの変化は、確実に売り上げという数字にも表れました。

仲間、友人に支えられる日々

仲間、友人に支えられる日々

ホテルの顔であるエントランスも、「ESS」を体現する堂々たる作りに一新された

 不安一杯で、まるで真っ暗闇なトンネルを手探りで進むような状態で着手したホテル経営でしたが、お蔭様で3年前の就任直後には最悪だった業績も、昨年は過去最高の売り上げを記録することができました。ホテルの変遷をご覧になってきた地元のお客様からも「本当に良いホテルに変わった」とたくさんお褒めの言葉をいただきました。業績が上がっていることで、ハード面への改革もハイピッチで進められています。昨年はスイートルームやボールルーム、ロビーエリアのリモデルを終了し、生まれ変わったようだと大変なご好評をいただいております。今年はさらに客室のリノベーションにも取り掛かります。

 LAでの生活も4年目になりましたが、今でもホテルの中に住んで、通勤時間ゼロの環境にいます。部屋のドアを一歩出れば従業員がいますから、公私の区切りがなくて辛いなと思うこともあります。でもより良いホテルを作り上げるために、まだまだやりたいことが山積みなので、もうしばらくはこの状況で頑張っていきたいと思っています。息抜きは、気の置けない友人と会って食事をしたりお酒を飲んだりすることですね。人見知りがひどかった子供時代からは考えられないくらいLAでも素晴らしい友人に恵まれ、人との良好な関係が私の人生を支えてくれていることを実感する毎日です。

 ご宿泊はもちろん、レストランでお食事をされたりロビーでお茶を楽しまれたり、日常の中のちょっとした特別な場面を演出させていただけるホテル。私たちはお客様の心に寄り添える、そんなホテル作りを目指しています。このホテルに来て良かったねとお客様に思っていただけるよう、これからも従業員と共に邁進していきたいと思っています。

~信条~

Never give up

何があっても諦めない。簡単な言葉ですが、仕事においても自分の人生においても、これが基本になっています。自分が諦めない限り、失敗はないわけですから。


InterContinental Los Angeles Century City at Beverly Hills / SRD (USA) Inc. President 三好麻里さん

Mari Miyoshi■東京都出身。ミッションスクールを経てその後渡米。住友不動産(株)ビル事業本部・法人営業部に勤務後、1998年より住友不動産NY Inc.に勤務。2010年末にLA赴任。2011年より住友不動産USA Inc.のPresidentに就任。InterContinental Los Angeles Century City at Beverly Hillsの運営総責任者となる。2013年より住友不動産のホテル会社「住友不動産ヴィラフォンテーヌ」の副社長も兼任。日米合わせて1,000名超の従業員の陣頭指揮にあたる。

会社概要

社名: 住友不動産(USA)Inc.
米国所在地:2151 Avenue of the Stars, Los Angeles, CA 90067
本社所在地: 東京都新宿区西新宿2丁目4番1号新宿NSビル
事業内容:
   ●ビルの開発・賃貸(マンション・戸建て)
   ●住宅の開発・分譲(宅地造成・分譲)
   ●海外不動産の開発、ホテル事業、その他
2013年度売上: 7,366億520万円(連結決算)
従業員数: 11,331名(2013年9月30日現在・連結)
創立: 1949年(日本)、1972年(米国)
Web: www.sumitomo-rd.co.jp(住友不動産)
www.intercontinental.com/losangeles(InterContinental Los Angeles Century City)
www.hvf.jp(ホテル・ヴィラフォンテーヌ)


取材・文 = 中村洋子

2014年07月号掲載