心から誇りを持てるライフワークに出会えたことに感謝しています

心から誇りを持てるライフワークに出会えたことに感謝しています
Photo by Gene Shibuya

人気アーティストを抱えるジャズ専門レーベルのGMとして、多忙な日々を送るミッシェル伊藤さん。ジャズの魅力をはじめ、人生に影響を与えた偉大なる父と祖父について話を伺った。

アナログ的魅力ジャズレーベルの真骨頂

アナログ的魅力ジャズレーベルの真骨頂

(左上)BFM JAZZを代表するジャズドラマーのスティーブ・ガッドと

(右上)12歳で兄デビッドとレコードデビュー。父ジェリー伊藤氏も駆け付けたレコーディングの様子

(左下)ユタ州ソルトレイクに拠点を構えるRDT(Repertory Dance Theatre)による伊藤道郎ダンスのパフォーマンス

(右下)今年1月、ペンシルバニア州デセールス大学で行われた『Michio Itoワークショップ』の様子


 BFMデジタルは、テレビ・広告・映画用の音楽ライセンシングを手掛ける音楽会社です。私の主な業務は、欧米や日本のレコード会社と契約して、音楽や映像のコンテンツを集めること。2010年からはジャズレーベルを立ち上げて、ジェネラルマネージャーを兼任し、ミュージシャンの発掘から、契約、音源作成、アルバム販売、そしてツアーコーディネーションまで幅広く担当しています。所属しているアーティストは、グラミー賞候補ジャズシンガーのティアニー・サットンや、世界最高峰ドラマーのスティーブ・ガッドなどで、日本でも人気の実力派ミュージシャンが揃っています。

 ツアーにも同行するため出張も多いですね。ジャズはポップスと違って、どんな大物でもツアーをしなければ、アルバムを売るのは至難の業。つまりライブ活動が何よりも大切なんです。インターネット配信などデジタルでの展開もありますが、基本的にはアナログの世界です。そこが苦労するところでもあり、醍醐味でもあるんです。

 仕事において一番大切にしていることは、アーティストとの信頼関係です。アーティストが全身全霊を込めて作り出した作品は、私にとっても我が子同然。だからアルバムカバーも、アーティストと膝を突き合わせ、アイデアを聞きながら一緒に作り上げていきます。例えばパーカッショニストのルイス・コンテが、2011年に発表したアルバム『En Casa de Luis』のカバーには、タイトル通り彼の生家の写真を起用しました。コンテは幼い頃、家族と共にキューバからアメリカに渡った移民で、今回は自身のルーツであるキューバの家をカバーに使いたいという強い要望がありました。撮影で数十年振りに生家を訪れた際、近所の人に「あのコンテ医師の息子か!」と言われたそうで、今でも僕たち一家のことを覚えてくれている人がいたんだよ、ととても嬉しそうに話してくれました。アルバムに収録されている曲はもちろんのこと、カバーもアーティストにとって自身を表現する大切な場です。音楽作りにおける彼らの想いを大切にして、一つ一つ形にしていく。それが私の使命。これからも良きパートナーとして、さらなる信頼関係を築いていきたいですね。

偉大なる父と祖父。音楽業界への布石

偉大なる父と祖父。音楽業界への布石

(左)長男ジェレミーさん(写真左/21歳)と長女チェルシーさん(右/29歳)と母の日のお祝い

(右)35年前に東京で開かれたディナーショーで親子揃って記念撮影。故ジェリー伊藤氏(左)、花柳若菜氏(中)、ミッシェルさん(右:当時18歳)


 なぜこの業界に入ったか―。一言で言えば無類のジャズファンだから(笑)。友人にもジャズミュージシャンが多いんです。私生活でのパートナーも、ジェームス・テイラー・バンドで演奏しているミュージシャン。でも家族の影響も大きいかもしれませんね。私の父は歌手・俳優のジェリー伊藤で、私も幼少の頃から父と歌ったりテレビにも出演していたんです。12歳の時には2つ上の兄と『デビッド&ミッシェル』というユニットを組んで日本で歌手デビューしたんですよ。

 大学進学のため、18歳で単身渡米してからは音楽活動はしていませんでした。大学在学中に結婚し、長女出産後は、日系のテレビプロダクションや米系のCM制作会社に勤務したり、不動産のライセンスを取得したりと色々なことをやってきました。ところが9年前の離婚を機に、どうせ働くなら好きなことをしたいと考え、BFMデジタルに入社。私にとって大きなチャレンジでしたが、音楽に携わっているだけで楽しい。今まで遠回りしてきたけれど、ようやく自分の進むべき道を見つけることができたのかなと思っています。

 また近年は、新たなライフワークとしてNPO法人『Michio Ito Foundation』の代表を務めています。伊藤道郎は、日本を代表するダンサー・振付師で、実は父方の祖父なんです。大正元年にドイツに留学し、その後アメリカで舞踊学校を設立するなど、世界で活躍しました。1961年11月6日に東京で亡くなったのですが、翌月に生まれた私は彼のMichをとってMicheleと名付けられたんですよ。

 祖父が有名なダンサーであることは、家族から聞いて知っていたけれど、実際にその偉大な業績に触れたのは大人になってから。大学卒業後に、ロサンゼルスの日系テレビプロダクションに在籍していた折、日本のテレビ局が祖父のドキュメンタリーを制作するという話が持ち上がったんです。ロサンゼルスでも撮影をするため、私が現地コーディネーターとして働くことになり、そこで改めて祖父の過去の功績を知ることができました。

 日本では門下生が結成した『ミチオイトウ同門会』があり、彼の舞踏研究などさまざまな活動を行っていますが、ここアメリカでは皆無でした。そこで、家族からの勧めもあり、2009年に『Michio Ito Foundation』を設立しました。活動は、アメリカの雑誌などに掲載された祖父の写真や記事の収集と管理、撮影などのコーディネーション、そして大学でのダンス・ワークショップなど多岐に渡ります。祖父の軌跡を歴史に刻みつつ、新しい世代に“ミチオ・イトウの踊り”がしっかりと継承されるように努めていきたいと思っています。

“Be the Best!”ライフワークとの出会いに感謝

“Be the Best!”ライフワークとの出会いに感謝

2014年9月16日に発売されるディアニー・サットンの新アルバム『Paris Sessions』

 現在、今月発売されるティアニー・サットンの新アルバムのプロモーション活動のほか、来年販売予定のスティーブ・ガッド・バンド第2弾アルバムと70歳記念世界ツアーの準備に追われています。

 この仕事に就いてから痛感しているのは、ロサンゼルスにはジャズクラブがあまりにも少ないこと…。10人収容のクラブから数万人が集まるフェスティバルまで、規模を問わず、ライブはミュージシャンにとって本領を発揮できる場所。やはりジャズの最大の魅力は生演奏なんですよ。だから今私が密かに抱いている野望は(笑)、いつかハリウッドに世界的に通用するジャズクラブを作ることなんです。一流ミュージシャンの生演奏をじっくりと聴きながら楽しんでもらうのがコンセプト。最高の音楽と料理を堪能できる“大人のためのエンターテインメント”の場を提供できたらいいなと思っています。

 ジャズは、アメリカで生まれたオリジナル・アートフォーム(芸術表現の形態)です。だからジャズを学びたい、またはジャズシンガーやミュージシャンになりたいと思うなら、ぜひアメリカに来るべきですね。日本のことを学びたいなら、知識を得るだけじゃなくて日本に行って実践で学んだ方が良いのと同じです。これまで仕事やプライベートで、たくさんの一流アーティストと知り合いになりましたが、皆に共通しているのは、ジャズに対する“壮絶なまでの情熱”。練習に練習を重ね、納得いくまでとにかく時間を費やす。華やかな舞台からは想像できない地道な作業です。でもみんなジャズが好きで好きでたまらないから、本当に楽しんでやっているんですよね。彼らの心にあるのは“Be the Best”。それだけなんです。考えてみれば、父も祖父もそうだったんじゃないかな。好きなことに情熱を傾けた一生だったと思います。そして私もこの仕事が好きで好きでたまらない。心から誇りを持てるライフワークに出会えたことに感謝しています。

ミッシェル伊藤さんが手掛けたジャズアルバム

ミッシェル伊藤さんが手掛けたジャズアルバム

(左)Luis Conte / 『En Casa de Luis』2011年3月8日発売
(中央)Steve Gadd Band / 『Gadditude』 2013年9月3日発売
(右)Tierney Sutton / 『After Blue』 2013年9月24日発売

ミッシェル伊藤さんのプロフィール

ミッシェル伊藤さんのプロフィール

(左)ジェームス・テイラー公演前の一コマ。私生活でのパートナーでもあるトランペット奏者ウォルト・ファウラー氏と

(右)ルイス・コンテ氏と。ツアー同行中のツーショット


BFM Digital Senior Vice President、 BFM Jazz General Manager
ミッシェル伊藤さん

Michele Ito■1961年、東京都品川区生まれ。インターナショナルスクール卒業後、1979年に渡米。ペパーダイン大学でビジネスを専攻。在学中に結婚・出産。その後フリーランスの通訳やコーディネーターを経て、2005年BFM Digitalに入社。現在シニアバイスプレジデントを務める。2010年にジャズレーベルBFM Jazzを立ち上げ、ジェネラルマネージャーを兼任。父は歌手・俳優の故ジェリー伊藤。母は日本舞踏家の花柳若菜。また父方の祖父は世界的に名を知られたダンサー・振付師の故伊藤道郎で、2009年にNPO法人「Michio Ito Foundation」を設立し代表を務めている
BFM Digital: www.bfmdigital.com
BFM Jazz: www.bfmjazz.com

日本が生んだ天才ダンサー・振付師 伊藤道郎氏

日本が生んだ天才ダンサー・振付師 伊藤道郎氏

(右)美しい衣装に身を包んだ伊藤道郎氏。若き日の貴重なショット

(左)自分の影と踊りを融合させたパフォーマンスが話題に。『Pizzicati aka Shadow Dance』(1916年)


過去に放映されたTV番組
ドキュメンタリー番組『アメリカに夢を売った男 伊藤道郎』(1996年 中京テレビ制作)

異国と格闘した日本人芸術家
『夢なしにはいられない君 ~舞踏家 伊藤道郎の生涯~』(2007年NHKハイビジョン特集)

ダンサー・振付師 伊藤道郎氏のプロフィール

ダンサー・振付師 伊藤道郎氏のプロフィール

Michio Ito■1893年(明治26年)4月13日生まれ。日本のダンサー・振付師。発明家・建築家の伊藤為吉の長男。第二次世界大戦前は海外で活躍、英国ではホルストに作曲を依頼した『日本組曲』(Japanese Suite)の舞踊公演などを行った。また、アイルランドの詩人イェイツと共に日本の能を研究し、イェイツの代表作である戯曲『鷹の井戸』の完成に貢献した。ニューヨーク・ブロードウェイではミュージカルの振り付けを担当している。戦後はGHQに接収されていたアーニー・パイル劇場(東京宝塚劇場)で、本国以上の演出を行なった。演劇人の伊藤熹朔と千田是也(俳優座主宰)は弟、歌手・俳優のジェリー伊藤は次男である。1961年11月6日、68歳で逝去。(出典:ウィキペディア)

Michio Ito Foundation
設立: 2009年
代表: ミッシェル伊藤
問い合わせ先: www.michioito.org


2014年09月号掲載