ラスベガスの歴史

 ラスベガスでカジノが合法化されて来年で85年を迎える。ラスベガスはいかにして今のようなスーパー・エンターテインメント・シティーになったのか?今回の特集では、ラスベガスの歴史を振り返り、その成り立ちを紐解く。そして、現在も進化を遂げ続けているこの街の最新情報をお届けしよう。

ラスベガス市の誕生とカジノリゾートの発展

ラスベガス市の誕生とカジノリゾートの発展

(左上)ゴールデンナゲットを成功に導いた時代のスティーブ・ウィン(右から2番目)

(左下)1950年代のデザート・イン。現在のウィン・ラスベガスの場所にあった

(右)ストリップの歴史そのものとも言える古い歴史と存在感を持つホテル、フラミンゴを建設したバグジー・シーゲル


 シティ・オブ・ラスベガスの誕生は、約1世紀前に遡る。ラスベガスは、1905年に市として登録され、1911年に市政が誕生した。その後、1931年にフーバーダムの建設が始まり、全米から集まる労働者のための宿場町として、ホテルやレストランが増え始める。同年、ネバダ州でギャンブルが合法化され、それまでダウンタウンのフリーモント・ストリートで、非合法でお酒とギャンブルを提供していたノーザン・クラブが、ネバダ州初となるカジノライセンスを取得。ギャンブルシティ・ラスベガスがその第1歩を踏み出した。5年後には、フーバーダムの建設は終わったが、労働者たちの多くがそのままラスベガスに残り、シティは現在のダウンタウンを中心に、拡大していった。

 1940年代に入ると、ダウンタウンより南側に位置する現在のラスベガス・ブルバード(通称:ストリップ)周辺に、カジノホテルにエンターテインメント、ダイニング、そしてショッピングができる施設を併設した本格的なカジノリゾートの建設が始まる。その先駆けとなったのが、ラスベガス・ブルバードとサハラ・アベニューの角にオープンしたエル・ランチョ・ラスベガス。この登場によりギャンブル目的の客だけではなく、バケーションを楽しみたい一般の人々もラスベガスを訪れるようになった。そして、ここでラスベガスには欠かせないバフェが導入される。夜通しお金を使ってくれるお客をホテルに引き止めるため「真夜中の炊事馬車バフェ1ドルで食べ放題」というサービスを開始したのだ。

 この頃になるとアメリカ全土からギャンブルに興味を示したマフィアたちがラスベガスに集結し始める。その代表が、1947年に、フラミンゴ・ラスベガスを建てたユダヤ系アメリカ人マフィア、バグジー・シーゲル(本名ベンジャミン・シーゲル)だ。

大富豪ハワード・ヒューズが新しい帝王として君臨

大富豪ハワード・ヒューズが新しい帝王として君臨

(左上)1950年代のフリーモント・ストリート。当時のラスベガスの中心地。砂漠のど真ん中にこんな明るい街があったとは!
(左下)現在のフリーモント・ストリート。フリーモント・エクスペリエンスやジップライン、エンターテインメントなどがある賑やかな場所
(右)最近流行りのカジノを持たないハイエンドホテルの1つ、MGMグランドの別館ザ・シグニチャー。パーキングは、宿泊者のみで、ゲートで名前を告げて中に入れる


 1950年代にカジノ収益が1億ドルを越え、ラスベガスは、カジノの街として全米に名前が知れ渡るようになってきた。そして、1964年には、初の電動のスロットマシーンが導入される。その後、すぐにスロットだけではなく、ポーカーやホースレースなども電動マシーンでできるようになる。

 時を同じくして、航空業界と映画業界で巨万の富を築き、当時「地球上の富の半分を持つ男」として有名だったハワード・ヒューズがラスベガスにやって来る。彼は、デザート・インの最上階を貸切り、滞在していたが、ホテルからハイローラー顧客向けに部屋を空けてほしいと要請されるとホテルごと買収しオーナーとなった。その後、次々とラスベガスのホテルを買収していく。これによりネバダ州は、彼にカジノライセンスを与えないわけにはいかなくなった。これが、当時マフィアが牛耳っていたラスベガスカジノで、マフィア以外の流れが取り込まれるきっかけとなった。その後、マフィアとは関係のないヒルトンやマリオットなどの大手ホテルチェーンが、次々とラスベガスでのカジノライセンスを取得し、カジノホテル経営に乗り出した。

ファミリーシティを築いたスティーブ・ウィン

ファミリーシティを築いたスティーブ・ウィン

(左)フラミンゴ・ラスベガスの有名なネオンは、バグジーの死後、1953年のリニューアルの際、設置された
(右上)1966年のストリップの様子。高層階のホテルはまだ少ないことがわかる
    現在のラスベガス。ストリップのほぼ中心にあるパリスのエッフェル塔から見たストリップ南側
(右下)2008年に完成したシティセンター。近未来都市を彷彿させるエリアで、今後このタイプのホテルが増えていく


 ハワード・ヒューズが、ラスベガスでホテル買収を続ける頃、メリーランドでビンゴビジネスをやっていたスティーブ・ウィンが、ラスベガスに目を付ける。ウィンは、ハワード・ヒューズが持っていたザ・フロンティアのオーナーの1人になり、ラスベガスへの参入を果たす。面白いことに、ウィンは多くのカジノオーナーがマフィアと繋がっているとは知らずにやってきたのだ。その“しがらみのなさ”が功を奏したのか、1973年に買収したダウンタウンのゴールデン・ナゲットは、たったの数年で世界最高のカジノリゾートホテルと評されるようになった。

 1987年、ゴールデン・ナゲットは440億ドルもの売上を計上。ウィンは、そのお金で1989年には、自分のコンセプトを反映した夢のリゾート、ザ・ミラージュをオープンする。これが、近代ラスベガスのパイオニアとなったホテルだ。「ファミリーで楽しめるように」と、ザ・ミラージュには、無料の火山ショーや水族館を設置。ジーク・フリード&ロイによるホワイトタイガーを使ったマジックショーも行った。1993年には、ザ・ミラージュの隣にトレジャーアイランドをオープン。ここでも無料のアトラクションを開催すると同時に、ラスベガスで初めてカナダ発のサーカス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の『ミスティア』を誘致した。

 ザ・ミラージュのオープン以降テーマ性を持ったホテルが後に続くようになった。中世の英国をテーマにしたエクスカリバー、エジプトをテーマにしたルクソール、さらにニューヨークニューヨーク、パリスなどがストリップに続々と建っていった。この頃のラスベガスはもう、マフィアのイメージはほとんどなくなり、「無料のテーマパーク」、「世界最高のエンターテインメントシティ」の代名詞として知られるようになっていた。

 2000年に入るとテーマホテルの建設ブームが終わり、スタイリッシュなハイエンドホテルが増えてきた。その代表が、アリスやコスモポリタンなど2008年に、ベラージオとモンテカルロの間にオープンしたホテル群だ。これまでのテーマホテルから、ガラス張りのクールな高層ホテルへと変貌を遂げたのだ。

 昨今のホテルの傾向の1つとして、メインホテルの中に、よりハイエンドな別コンセプトのホテルを設置することが挙げられる。例えば、シーザース・パレス内のNOBU HOTELや、MGM内のスカイロフト、モンテカルロ内のHOTEL 32など。また、カジノを持たないホテルも増えてきている。ギャンブルよりもバケーションを目的としているため、ストリップから数ブロック奥に作られているのが特徴。ウィン・ラスベガスの西側にあるトランプ・インターナショナル・ホテルやMGMグランドの別棟のザ・シグネチャーなどがその代表例だ。

エンターテインメントシティとしての確立と未来予想図

エンターテインメントシティとしての確立と未来予想図

初期のリゾートカジノの代表フラミンゴと、テーマホテルの代表ベラージオ、そして新しいラスベガスの代表シティセンターが1枚に収められた写真

 2005年に初めて、ラスベガスがあるクラーク郡の“非カジノ収益”が、カジノ収益を上回った。つまり、ギャンブルからの収益よりも、ショッピングやダイニング、エンターテインメントなどの収益が多くなったのだ。これは、ラスベガスがカジノの街からエンターテインメントの街として、世界中に認知されたということを意味している。

 ストリップと呼ばれているエリアを見てみると、まだまだ余っている土地がある。1950〜1960年代に建設されたホテルが立ち並ぶサーカス・サーカス付近と、マンダレイ・ベイやルクソールの正面には、ホテルをいくつも建てられるスペースがある。現在、SLSラスベガスの南側には、500室のオールスイートを持つホテルとショッピングモール、映画館を併設したオール・ネット・リゾートの建設が予定されている。また、ウィン・ラスベガスの前にオーストラリアの投資家が巨大リゾートを計画中で、こちらは今年着工、2018年にオープン予定だ。

 しかし、新しい建設が始まったかと思えば、資金面やその他の理由で中止になることも多く、ラスベガスの未来予想図を描くのは難しい。SLSラスベガスの正面に2016年にオープン予定だった、アジアをテーマにしたホテル、リゾーツ・ワールドも、工事がしばらくストップしていたが、5月5日から再開される予定だ。

 ラスベガスの歴史や成り立ちを知れば、フラミンゴ・ホテルのネオンからミラージュ、ベラージオ、シティ・センターまで、ラスベガス・ブルバードを歴史年表や博物館のように楽しむことができる。次回ラスベガスを訪れる際は歴史を巡る旅をしてみてはいかがだろう。


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文 = 芦刈いづみ
写真 = Tak S. Itomi

Old Photos提供:
©University of Nevada, Las Vegas University Library Research Center
©Las Vegas News Bureau

参考資料:
University of Nevada, Las Vegas University Library Research Center
Las Vegas News Bureau
The Howard Hughes Corporation

2015年5月号掲載