夢は“現実の原点”。自分を発奮させて掴むもの

夢は“現実の原点”。自分を発奮させて掴むもの
©Ayako Yamamoto

ヴァイオリニストとして、世界各地の名だたるオーケストラや著名指揮者らと共演する五嶋龍氏。長期ツアー最終日を飾ったLAで、直近の活動や音楽に対する想いなどについて伺った。

共に進化する喜び。同年代の作曲家と初コラボ

共に進化する喜び。同年代の作曲家と初コラボ

(左)3歳頃、ヴァイオリンの練習中

(右)1995年7月23日、佐渡裕指揮、PMFオーケストラとパガニーニの「ヴァイオリン協奏曲第1番」で共演し、デビューを果たす。札幌芸術の森の野外ステージにて

 ロサンゼルスに来たのは随分久しぶりです。今回は『パシフィック・ミラーズ(Pacific Mirrors: New Music from Asia and the United States featuring Ryu Goto)』コンサートの一環で、昨年5月の北京を皮切りに、6月のニューヨーク、タイと回り、今年4月のロサンゼルスが最終日。26歳から32歳の若い作曲家たちの作品をプログラムに盛り込んでいて、コンサートを重ねるごとに曲も進化していくのが、このプロジェクトの面白いところなんです。ちなみに今使ってる楽譜は既に第6版!これってクラシック音楽では絶対ありえないこと。だってモーツァルトは曲を書き換えてくれないでしょ(笑)。とにかく良いアイデアがあればどんどん取り入れていくから、僕も一緒に進化している感じ。色々と無理も言われるけれど、それによって作曲家と演奏家の距離が縮まるというか、同世代の仲間と共に、新しい試みに挑戦できるのってスゴク楽しいですね。

 7歳でデビューして以来、たくさんのオーケストラや指揮者と共演させていただきましたが、印象深い方を挙げるとしたら、やはりアメリカの偉大な指揮者であるロリン・マゼール氏でしょうか。  それから、ピアニストのヴラディーミル・アシュケナージ氏が、コンサートのリハーサル後に、休む間もなくモーツァルトのソナタを弾き続けていたのは印象深かった。あんな大物でも、基盤を支えているのは日々の積み重ねなんだなと、彼の姿から“無言の教訓”を得たような気がしますね。

 子供の頃からツアーやコンサートをしているので、大学を卒業する頃までは、母が色々と管理してくれていたのですが、ここ数年は自分でやっているので、社会人としての責任を実感しています。でも寝過ごして飛行機に乗り遅れたことも一度や二度じゃないんです。その度に二度と同じことは繰り返さないと心に誓うんですけどね。これがなかなか難しいんですよ(笑)。

パワフルなヴァイオリンと理論的なライフスタイル

パワフルなヴァイオリンと理論的なライフスタイル

(左)10歳の頃、母の節さんと姉のみどりさんと共に

(右)2011年、ハーバード大学物理学科を卒業

 僕がヴァイオリニストになったきっかけは、姉の五嶋みどりはもちろんのこと、家族全員がヴァイオリンを弾いていたから。自然に始めたのか、いや、始めさせられたのか(笑)。でも今になって思えば本当にありがたいです。ヴァイオリンに出会って本当に良かったと思います。姉はヴァイオリニストとしても、社会人としても大先輩で、見習うところは多々あります。歳は離れているけれど、昔は姉弟喧嘩も結構しましたね。

 姉のヴァイオリンは、研ぎ澄まされた妥協のない繊細な音。ボリュームがなくてもエモーションの密度が濃いというか。一方、僕の音は弓を全部使って弾く、粒子が全部見えるようなパワフルな音らしいです。僕が思うに、姉がデジタル写真で、僕はフィルム写真かなと。当然どちらもそれぞれの良さがある。姉との違いは、自分ではなかなかわからないので、たまに客観的な意見を聞くとなるほどと思いますね。祖母に言わせると「みどりの音はクローズ。龍の音はオープン」。とにかく正反対みたいです。

 長年やっている空手は今は参段で、祖父が師範だったこともあり始めたのですが、音楽と空手って意外にも共通するところが多いんです。物理的に言えば、どちらも一つの筋肉を使うのではなく、身体全体の筋肉を連動させることが大事。音楽をやってると、ずっと部屋に籠って練習にのめり込むこともあるから、一部だけ酷使したりと、動きが偏ってしまうこともある。だから身体の動かし方を学ぶことが必要なんです。また身体を動かすことで色んな脳内ホルモンが出るので精神的にも安定しますし、創作意欲も湧いてくると思うんですよね。

 最近は、空手にも役立つかなと思って始めたクロスフィット(※バランスや俊敏性など10の基礎運動能力を鍛えるエクササイズプログラム)にもハマっていて、週に2~3回はやっています。持続力や筋力を養うにはこれが最適だと思います。他にもジムでのトレーニングや空手の稽古で、ほぼ毎日身体を鍛えています。ヴァイオリンの音はパワフルでも、僕のライフスタイルはいたって理論的。演奏家の中にはその日のフィーリングでやれる人もいるけど、僕は特にツアーが続くとフィーリングだけではとてもやっていけない。朝起きて朝食をとり、練習や予定をちゃんとこなすなど、理論立てて進めないとダメ。だからこそ身体作りも欠かさないんです。

人生観を変えた初のロングバケーション

人生観を変えた初のロングバケーション

(左)日本空手協会の総本部道場にて

(右)2011年、キューバで公演を行った際、現地の人々との交流の一コマ。この様子はTBSチャンネルで『五嶋龍 in キューバ』として放映された

 自分を一言で表すと、一つのことに集中できない変なヴァイオリニスト(笑)。ヴァイオリニストなのに、あらゆることに首を突っ込んでるというか。音楽一家に生まれ育ち、早くから舞台に立つ一方で、空手で汗を流し、大学に進学して物理学を専攻したりと、音楽漬けにならずに様々な経験をして本当に良かったと思っています。結局、自分が経験したことが音楽に生きてくるんですよね。ただ音楽が好きなだけじゃ、ヴァイオリニストとしての成長は望めないと思うんです。

 実は今年1月に、人生で初めてのバケーションを取ったんです。カリビアンのセントジョンで5日間ゆっくり過ごしました。バケーションの間は、ヴァイオリンの練習も一切しませんでした。お蔭で人生観が変わりましたね。これまで休みを取る機会はいくらでもあったし、大学の時は友達が休みの計画の話をしているのを聞いてとても羨ましかったけれど、どうしても勇気がなくて。音楽のない世界が怖かったというか、音楽以外にも色んなことをしてきたけれど、音楽と片時も離れたことがなかったから、そう簡単には手放すことができなかった。音楽がなかったら自分って何なんだろう、楽器に触れないことで、自分のアイデンティティの一部が逃げていくんじゃないかと思い込んでいました。でも今回の経験で、音楽から離れても大丈夫、楽器に触れない期間があっても、きちんと予定を立ててまた練習に精を出せばいいんだとか、今さらながら多くのことを学べて成長できた気がします。

 バケーション中に、念願のスキューバダイビングのライセンスを取ったんですが、短期間で達成感が得られたのは嬉しかったですね。もちろんライセンスを取得したからといってその道を極めたことにはならないですが、ヴァイオリンや空手って、手応えや満足感をすぐには感じにくいから、とても新鮮でした。そして何よりも新しいことに挑戦するのって純粋に楽しい。やっぱり人間って、自分の殻を破って新しい世界を見た時や、不得意なことに挑戦してそれをやり遂げた時に、楽しいと感じるんだなと。好奇心を忘れずに、積極的に挑戦することで、前に進んでいるのを実感できるのだなと思いました。

変わり始めたクラシック業界。音楽を通じて人材育成を図る

変わり始めたクラシック業界。音楽を通じて人材育成を図る

2014年、ガーナ国立交響楽団に招聘され、ガーナの人々で構成されるオーケストラと共に演奏した。現地の学校を訪れた際の記念写真

 今のアメリカのクラシック業界がどんな状況かと言うと、これが意外にも良好なんです。数年前、リーグ・オブ・アメリカン・オーケストラ(League of American Orchestras)の会長のスピーチを聞く機会があったんですが、ずっと赤字続きだったオーケストラが、全米各地で黒字に転換してきていると言うんです。これは現状維持のままでは衰退してしまうと気付いて、音楽のレベルは保ちながら、さらに音楽事業としても成立するようにと頭を切り替えて、実践してきた結果がようやく数字にも表れてきたのだと思います。具体的には、学校で演奏したり、野外でフリーコンサートを開催したり、チケットの価格帯を下げたりといったことです。クラシック音楽ファンの裾野を広げるためには、ただ演奏して解釈し直すだけじゃなく、現代に見合ったビジネス形態にシフトチェンジしなければ到底市場は頭打ちですから。

 近年、全米各地の公立高校で、予算削除のために音楽の時間が減らされていますが、国ができないのであれば、民間や個人でやるしかない。理想は官民がパートナーを組んで事業を行うPPP(プライベート・パブリック・パートナーシップ)です。僕は2010年からニューヨーク市議会や同市教育委員会の協力の下、『五嶋龍“Excellence In Music”』を設立し、公立高校生を対象に奨学金を授与する活動を行っています。実はこれもベネズエラで始まった『エル・システマ』(※1957年に政府支援の下、誕生した音楽教育プログラム。現在50カ国以上で展開されており、音楽を通じて人材育成を図る)やコロンビアの『バトゥータ』などをベースにしたPPPプロジェクトです。いずれはこれまでの受給者を集めてコンサートを開きたいと考えています。奨学金を授与して終りではなく次の世代に繋げていく。途切れることのない波を作ることが目標です。

 それから西アフリカのガーナ共和国でも、音楽教育プロジェクトを立ち上げたい。大学で知り合ったガーナ出身の友人が、いつかガーナの大統領になってアフリカを統治したいとずっと語っていて、その情熱に触れるうちに、もしかしたら僕の将来もアフリカにあるんじゃないかと感じ始めたんです。現在、非営利団体設立に加え、ケニアやナイジェリアで音楽以外のビジネスも展開していますが、いずれは音楽を通じて新世代のリーダーを育てるプロジェクトを進めていきたいですね。

 今後は、アメリカ国内でオーケストラとの共演、日本と中国でのリサイタルツアー、秋にはチャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトのレコーディング、そしてフランクフルト放送交響楽団とのツアーを控えています。これからもたくさんのオーケストラとも共演したいし、作曲も手掛けてみたい。もっと言えば、空手でオリンピックに出場したいとか、ロックギタリストやDJにもなりたいと本気で思っているし、まだまだ貪欲に夢があります。夢って“現実の原点”ですからちょっと強気でいい。大口を叩いて自分を発奮させて掴むものなのかなと思います。これまで培った知識や経験が、夢を叶える原動力になるから、今後も飽くなき挑戦をしていきたいですね。


ヴァイオリニスト 五嶋龍氏

Ryu Goto■1988年7月13日生まれ。ニューヨーク在住。7歳でコンサートデビュー後、ソリストとして日本国内のオーケストラはもとより、世界各地のオーケストラや著名指揮者たちと共演。2010年から、ニューヨークで同市教育委員会の協力の下『五嶋龍“Excellence In Music”(音楽優秀賞)』を通じて、公立高校生に奨学金を授与する活動に加え、中南米・アフリカ・アメリカでの教育活動や社会貢献にも積極的に取り組む。使用楽器は、日本音楽財団より貸与された1722年製のストラディヴァリウス「ジュピター」。現在、JR東日本およびエアウィーヴのCMに出演中。2011年にハーバード大学(物理学専攻)卒業。(公社)日本空手協会参段。姉はヴァイオリニストの五嶋みどり
【オフィシャルサイト】www.ryugoto.com


2015年6月号掲載