特別インタビュー|ワインメーカー中村倫久氏

特別インタビュー|ワインメーカー中村倫久氏

カリフォルニアワインの魅力に目覚め、2010年には、念願のオリジナルブランド「Noria」を立ち上げた中村倫久氏。青空の下、風薫るソノマのワイナリーに中村さんを訪ねた。

ソノマの日本人醸造家 2010年に自身のブランド発足

ソノマの日本人醸造家 2010年に自身のブランド発足

ワインメーカーを務めているソノマの「ラーソンファミリー・ワイナリー」

 3月からソノマのワイナリーLarson Family Wineryで、ワインメーカーを務めています。ワインメーカーとは、各ワイナリーに必ず1人いる醸造の責任者で、ブドウ農園と共同で収穫のタイミングを決定したり、ワイナリーでの仕込みや樽詰め、熟成、発酵度合の確認、ボトル詰めなど、ワインが出来上がるまでのすべての工程を管理するのが職務です。

 今でこそワインメーカーとして業務を一任されていますが、僕は日本でワイン造りのバックグラウンドがあるわけでもなく、アメリカに渡った後、一からコツコツと学んできたタイプ。Koves Newlan Vineyards and WineryとPine Ridge Vineyardsというワイナリーでセラーワーカーとして働きながら、2002年にUCデービス校のワインメイキング専門課程を修め、卒業後に、Napa Wine Companyでラボラトリー・スーパーバイザーとなりました。Napa Wine Companyは〝カスタム・クラッシュ〟と呼ばれるビジネスを展開していて、自分たちのワインは造っていないんですよ。要するにワインを造る施設を貸し出しているだけ。ここではカルトワインが造られていたり、有名なコンサルタントワインメーカーと仕事をする機会に恵まれるなど、とても勉強になりました。

 その後、2005年からArtesa Vineyards & Wineryに移り、最初はラボマネージャーを務めていたのですが、アシスタントワインメーカーに抜擢され、収穫からボトル詰めまでオペレーションを経験することができたんです。

 そして2010年には、念願叶って自身のブランド「Noria」を立ち上げることができました。僕はワイナリーを所有していないので、当時ナパバレーにあるワイナリーの施設を間借りして造っていたんです。同時にJamieson Ranch Vineyardsでワインメーカーを務め、2年ほど二足のわらじ生活を続けていましたが、2014年には増産したこともありJamieson Ranch Vineyardsを退職。前述の通り、今年からLarson Family Wineryに勤めているものの、「Noria」を中心にワインを造っています。

 2010年の収穫時期にブドウの買い付けを行い、初めてワインを売り出したのは2012年1月。初ヴィンテージとなったのは、ピノ・ノワールとシャルドネです。「Noria」は日本食に合うワインをコンセプトにしているので、ブドウの種類と地域を重視し、ソノマコーストの栽培農家Sangiacomo Family Vineyardsを選びました。昨年はピノ・ノワールをもう1種類増やしたんです。北カリフォルニアでは、海側のソノマコーストやロシアンリバー、そしてサンパブロ湾からの涼しい風が入ってくるカーネロスに、ピノ・ノワールの有名な産地があって、初年度に造ったソノマコーストのピノ・ノワールは、酒質がしっかりしていて照り焼きソースに合うワインですが、新しいピノ・ノワールは、ロシアンリバーのなかでも冷涼なフリーンストーン/オキシデンタル産で、刺身や野菜にも合う上級な赤ワインなんですよ。

カリフォルニアワインに魅せられて ホテルマンからワインメーカーへ

カリフォルニアワインに魅せられて ホテルマンからワインメーカーへ

2014年8月、サンジャコモファミリー・ビンヤードにて、ピノ・ノワールの畑でブドウの熟成をチェックしている中村さん

 僕は日本で大学を1992年に卒業後、ホテル日航に就職しました。大阪で1年研修して、京都のプリンセス京都のオープンスタッフを経て、東京では開業準備室で営業を担当していたんです。僕は元々ワインが大好きで、ワインの勉強をしたくてホテル業を選んだんですね。というのも、僕の伯父はオペラ歌手の故五十嵐喜芳で、彼は西麻布に「マリーエ」というイタリアンレストランを経営していたんです。年に1度は家族や親戚が集まってそこで食事をするというのが恒例で、長テーブルの上に美味しそうな料理が並べられ、藁で包まれたキャンティがあってそれを大人が飲んでいる。僕もおませに大人の真似がしたくてサイダーで割ったジュースを飲ませてもらったりしました。僕にとって、ワインとレストランは楽しい思い出そのもの。いずれはレストラン経営も視野に入れながら、大学卒業後に、ホテルならレストランやワインについて学べるかなと思って入社したものの、予想に反して営業に配属され、6年以上もサラリーマン生活を送っていました。

 それでもワインを勉強したくて、仕事が終わった後にソムリエスクールに通い、1998年にソムリエの資格を取得したんです。せめてソムリエの資格があれば、どこかのレストランで働くこともできるかなとぼんやり思っていた矢先に、なんとケータリングマネージャーとしてHotel Nikko San Franciscoに赴任することに。実を言うと、僕はアメリカにはまったく興味がなかったんです。特に当時はワインと言えば〝オールドワールド〟と言われるフランスやイタリア、ドイツが主流の時代で、カリフォルニアワインも〝ニューワールド〟として名前こそ挙がっていたものの、正直飲んだこともなかったんです。実際1999年の1月に、サンフランシスコに渡米してからも、カリフォルニアワインは頑なに飲まずに、フランスワインが買える店を探してたんですから(笑)。

 ところが、先輩にワイナリーに誘われたのをきっかけに、カリフォルニアワインに興味を持ち始めたんです。初めて訪れるナパ/ソノマのワイナリーは、太陽が降り注ぐ丘、どこまでも続く畑、たわわに実ったブドウの実、その迫力と雰囲気に圧倒されました。Truchard Vineyardsというワイナリーに連れて行かれ、そこでシャルドネを試飲したんです。それが何とも言えず美味しくて。それまで自分が知っていたブルゴーニュのシャルドネとはまったく違う味わいに、素直にいいなと感じました。また風光明媚な環境や眺望にも鳥肌が立つほど魅入られました。以来、毎週末、一人でナパバレーやソノマにせっせと足を運び、最初の1年で170ほどのワイナリーを訪ねるまでに酔狂しました。そのうち、行く度にパンフレットをもらってきては、自分が好きなワインをメモしたりファイリングしたりして、独学していました。

 オールドワールドのワインは、各国の法律や管理が徹底しているので、ワイン好きの方ならラベルを見ると、ある程度味が予想できるんです。

 でもカリフォルニアはその辺りが結構いい加減なんですね。例えばスペインのワインのラベルに“Reserve”とあったら4年ぐらい寝かせているのが普通。でもカリフォルニアは1年寝かせた程度で“Reserve”なんて平気で書いてある(笑)。しかも良いブドウが穫れなければ、来年は違うところで収穫しようなんてことはざらにある。つまり同じワイナリーでも足繁く通っていないと味が変わるので、常にアップデートしなきゃいけないんです。それもあってかなり通い詰めました。

 完全な商業主義である反面、アメリカは僕みたいなワインのバックグラウンドがなくても、チャンスを与えてくれる。これがフランスなら外部の人間を簡単に受け入れてはくれないだろうし、無論ワインメーカーになんてとてもなれなかったと思います。

ワイン差し押さえの危機? 気持ちを切り替えて対処

ワイン差し押さえの危機? 気持ちを切り替えて対処

(左)「ラーソンファミリー・ワイナリー」テイスティングルーム

(右)「ラーソンファミリー・ワイナリー」醸造施設


 ワイン造りを目指してHotel Nikkoを退社したのは、30歳の時。一番苦労したのは、Artesa Vineyards & Wineryでアシスタントワインメーカーとして働きながら、自分のブランド「Noria」の立ち上げを準備していた頃かな。当時ナパバレーのワイナリーで間借りしていたのですが、そこのオーナー兼ワインメーカーの女性とは、あまりウマが合わなかったんです。ただ施設が新しく料金が安いのが魅力でした。ところがある日、業界の友人から連絡をもらったんです。「あのワイナリーでワインを造ってるみたいだけど、お前大丈夫か?」と言われ、よくよく聞けば倒産すると言うんですよ!ワイナリーが倒産するとどうなるかと言うと、たとえ間借りでも自分の造ってるワインを取り出すのは非常に難しい。もしかしたら差し押さえになる可能性もあると言うんです。それで早速オーナーと掛け合って、ワインをすべて引き上げたいと言ったら“NO”と拒否されたんです。向こうの弁護士と話をさせてくれと言っても、相手にしてくれなくて、埒があかない。もし自分のワインが差し押さえられでもしたら、出資してくれた人に到底顔向けができない。そんなことを考えて2週間ほど眠れませんでした。結局知り合いの方に弁護士を紹介してもらって、なんとか解決することができたのですが、それまで弁護士なんて立てたこともなかったので、自分の力じゃどうにもできないことに初めて遭遇し悲惨な経験をしました。

 それから、Silenus Vintnersというワイナリーに落ち着き、今も「Noria」のワインはそこで造っています。実はこのワイナリーは、僕がUCデービス校で学んでいた時に働いていたKoves Newlan Vineyards and Wineryなんですね。その後オーナーが変わりSilenus Vintnersになったのですが、ジェネラルマネージャーのスコットは、Koves Newlan Vineyards and Winery時代に僕を雇ってくれた方で、巡り巡って、Silenus Vintnersのジェネラルマネージャーになっていたんです。設備の整ったワイナリーを探していると相談をしたら、手を差し伸べてくれて、以来友人としても、家族ぐるみで良い付き合いを続けています。苦い経験もしたけれど、人を窮地に追いやるのも、助けてくれるのも、実は人なんだと痛切に感じました。以来ビジネスにおいては、条件や設備よりも人を重視するようになりましたね。

 現在、ワインメーカーとして、日々ワイン造りに励んでいますが、思い通りのワインを造れるのはおそらく一生ないんじゃないかなと思います。初年度は、シャルドネの発酵が終わらなかったこともありましたし、2年目は、ここ30年でも非常に悪天候で苦労したし…。結局毎年、悪戦苦闘してますね(笑)。それでも少しずつ挑戦は続けていて、今年の6月にはソーヴィニヨンを初めてリリースするんです。これは大吟醸をイメージして造っていて、去年の発酵時に樽とタンクの両方を使ったのですが、これは自分のなかでイメージする味わいを出すために、樽で一部発酵させてからタンクに移しています。間借りして造っているので、樽が外に出されて発酵が2日で終わってしまったりしたこともあったけど、そこで腐らずに気持ちを切り替えて、どうやって軌道修正するかをひたすら考える。軌道修正といっても、ワインを変えるのではなく、自分の考えを変えるんです。怒っても前には進まないじゃないですか。ワイン造りって気候にしろ、環境にしろ、自分でコントロールできないことの方が多いですから、焦っても悔やんでもしょうがない。これもワイン造りの醍醐味かもしれません。何と言っても、ワイン自体が偶然の産物なんですからね。

人となりが反映するワイン造り 楽しいひとときを共有

人となりが反映するワイン造り 楽しいひとときを共有

中村倫久さんのオリジナルワインブランド「ノリア」シャルドネ

 ワイン造りって子育てに似てるのかな、なんて思ってたんですけど、むしろ子供の方が楽(笑)。僕には7歳になる息子がいるんですが、子供って当然親の影響を受けるけど、やっぱりひとつの人格だし、本人の意思があるなと思うんです。でもワインはどっちかって言うと、僕の影響を多大に受ける。「Noria」という名前のワインを飲めば、自ずと僕と繋がるから、もっとプレッシャーがありますよね。

 ワインって間違いなく自分を反映していると思うんです。というのも僕がNapa Wine Companyで働いていた頃、業界でも有名な2人の女性ワインメーカーにお会いしたんですが、2人は優しくていつも穏やか、スタッフの名前を覚えてて親しみやすいタイプ、もう1人は気が強く、自分の思い通りにいかないと怒鳴り散らすようなタイプでした。どちらも凄く仕事はできる方ですが、彼女たちのワインを飲み比べてみると、全然味が違う。前者の女性のワインはまろやかでバランスがいい、後者は荒々しくてパワフル。そういうのを見ていると、ワインには造る人が投影されるのだなと実感しましたね。

 今後は、ナパのカベルネ・ソーヴィニヨンを造ってみたいです。カベルネ・ソーヴィニヨンの特質上、日本食に合うワインという「Noria」のコンセプトからは外れるので、違うブランドを立ち上げることになると思います。

 あとは、これもまた別のブランドになるんですけど、ちゃんとブドウから造って瓶詰めした王道のワインを、リーズナブルな価格で提供できたらと思っています。小売価格でいうと30ドルぐらいかな。これは日本食に合うワインというより、アメリカで広く受け入れられるような〝ハイブリッド〟なワインという感じでしょうか。

「Noria」ってスペイン語で〝水車〟という意味があるんです。ロゴには水しぶきのような点が散りばめられていますが、これって花火にも見えるでしょ。僕にとってワインは楽しいもの。人と共有するハッピーな空間と繋がっているから、人を楽しませてくれる花火にも、イメージを重ねてるんです。もちろん、将来的には、畑やワイナリーを持ちたいという気持ちもあるんですが、ワインバーとかレストランで自分が造ったワインに合う料理を出したい。皆で美味しい料理とワインを味わえるような、そしてどんちゃん騒ぎできるような楽しい場を提供できるといいな、と夢は果てしなくどこまでも膨らみます。


ワインメーカー 中村倫久氏

Norihisa Nakamura■1970年12月生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒業後、1993年4月にホテル日航入社。1999年、Hotel Nikko San Franciscoにケータリングマネージャーとして赴任。その後、カリフォルニアワインを造るべく退社し、UCデービス校にて栽培・醸造で学びながら、2つのワイナリーで働く。卒業後、Napa Wine CompanyとArtesa Vineyards & Wineryでの勤務を経て、2010年に自身のブランド「Noria」を立ち上げる。2012年、ファーストヴィンテージとなるシャルドネとピノ・ノワールを販売。現在、Larson Family Wineryのワインメーカーを務める傍ら、日々「Noria」ワイン造りに励んでいる。
【オフィシャルサイト】www.noriawines.com
【フェイスブック】www.facebook.com/noria.wines


2015年8月号掲載