少林寺拳法が縁で住友商事に入社

少林寺拳法が縁で住友商事に入社

 海上自衛官の父は厳格で、勉学に勤しみたくても思い通りにできなかった世代なので、とにかく教育熱心な人でした。とりわけ数学が大事だと言われて育ったのですが、父のなかでは数学をできることが、イコール頭の良いことだったのかもしれません。高校3年頃から次第に、裁判官や検事になりたいと考えるようになって1年間の浪人生活の末、一橋大学法学部に入学しました。文科系の大学でしたが、合格できたのは小さい頃から勉強していた数学の得点のお蔭でした。それまで毎日、受験勉強漬けだったので、入学してからは大学生活をのびのび過ごしました。そして、卒業を前に法律を専門とする仕事ではなく、その機能を活かせる商社の道を選びました。

 高校生になって、少林寺拳法を習うようになりました。元々、身体が小さかったので、心身の鍛錬、礼儀を習得すると同時に父よりも強くなりたいと思ったのがきっかけです。高校の時は同好会でしたが、近所の逗子道院に通って3年生の時に初段を取得、大学生の時には3段まで進みました。

 少林寺は突き蹴り、関節技などがありますが、それ以外にも金剛禅総本山少林寺という宗教法人で、仏教の教えを基本とした人の道を説いてくれる場所でもありました。そこで学んだことが、今でも私の人格に染みついています。

 実は住友商事に就職が決まったのも、少林寺が縁です。住友商事の人事部にいた大学の先輩が、同期12人くらいを集めての食事会を開きました。今思えば、それが面接みたいなものだったんでしょうね。私がトイレに立った時にひと言、「真剣に住友商事を考えろ」と言われました。10年近く住友商事に勤めている先輩なので、これまでの経験から適性があるのは12人の中ではこいつかな?と思っていただけたんでしょうか。そんな少林寺つながりから、1985年に住友商事に入社し、大阪本社の化学品の営業部署への配属となりました。

パリに初の海外赴任

 入社4年目にフランスへの海外赴任の辞令が出ました。実はその前年に財務部に入社してきた妻と職場で出会い、赴任が決まったタイミングで「一緒にパリに行きましょう」とプロポーズしました。実際に結婚したのはその1年後ですが、結婚のOKをもらったのは赴任の直前でした。そのため、最初は一人でパリに渡仏。まだ26歳の若造でしたから、心細さから最初は「どうなるんだろう?」と一抹の不安を感じていましたね。

 着任した日は、年の瀬も迫る12月21日の冬至にあたる日でした。その時が私にとって生まれて初めてのヨーロッパ。シャルル・ド・ゴール空港に夕方到着したら、もう外は真っ暗で、冷たい雨が降っていたせいか、なんだか物悲しい気持ちになったことを鮮明に覚えています。

 上司が空港まで迎えに来てくれて、途中のシャンゼリゼ通りで、大きなクリスマスツリーのイルミネーションを目にした時です。今まで見たことのないくらい光り輝いた煌びやかな光景にその瞬間、「僕はなんて良い所に来たんだろう」と、ころりと気持ちが変わっていました(笑)。

 1989年11月に妻の地元の大阪で結婚式を挙げて、日本国内で新婚旅行をした後、一緒にパリに戻りました。パリでの新婚生活は、大阪しか知らない妻にとって、最初の3カ月は苦労の連続で、毎日、必死に暮らしていましたね。

 フランス住友商事での私の担当は、西ヨーロッパ全体だったので、ベルギー、オランダ、イタリア、イギリスなど色々な国に出張で行きました。新米で役職もなかったので、どこにでも行く移動駐在員みたいな立場で、繊維用染料を中心にディストリビュートするのが主な仕事でした。当時、イギリスの故ダイアナ王妃がロイヤルブルーのドレスを結婚式やパーティなどで好んで着ていて、その影響でロイヤルブルーが大流行したのですが、メーカーの一番得意な染料がまさにそのロイヤルブルーでした。その影響もあり大々的に売り上げ、タイミング良く私が赴任してから業績が伸びました。そんなことも相まって、当社の機能を最大限に発揮するため、化学産業のメッカであるドイツで周辺事業を含め、さらに拡大しようという話が持ち上がりました。

デュッセルドルフへの異動命令

デュッセルドルフへの異動命令

 その動きの中で、私自身も1991年にパリからデュッセルドルフのドイツ住友商事に横滑りで異動になりました。最初に赴任した時はカルチャーショックを受けましたね。パリでは異国情緒溢れていましたが、デュッセルドルフには日本企業がたくさんあり、人口の1%以上が日本人という日本人街まで存在していました。まるで日本に舞い戻ったような感覚でしたが、日本人にとっては、住みやすい街だと思いました。デュッセルドルフに赴任中の1992年11月に長女、2年後の94年10月に息子が誕生。ドイツで2人の子宝に恵まれました。

 フランスでは私が営業して日本の住商本社が商品を販売していましたが、ドイツでは信用供与というお客さんに掛け売りで直接商品を販売していました。フランスでの駐在時代よりも1ステージ上の仕事を任されるようになった頃、大失敗をおかしました。400万マルクくらいの売り掛金の残高があったイタリアの代理店が、支払いが滞るようになり、倒産するんじゃないかという噂が流れたのです。自分自身、過去に1度もそういう経験がなかったので、そんなことはないだろうと高を括っていたら、本当に危い状況まできました。その後、ミラノまで何度も足を運び、同僚や会社の仲間たちに救われて何とか実被害は免れましたが、その気苦労で一気に5キロほど痩せました。

 事後処理の期間は何を食べても胃が痛いという毎日を過ごしていた時に仕事を終えて家に帰ると、生まれて間もない娘を抱いた妻が、「誕生日おめでとう!」と横断幕を掲げて誕生祝いをやってくれたのです。新婚時代からそんなことは1度もしたことがなかったので、あの時は本当に泣けました。その時にプレゼントされたドイツの高級ブランドのアイグナーの革製品は今もまだ大事に使用しています。たまに妻から新しい物に買い換えたら、と言われますが、買わないと決めています。22年くらい愛用していますが、まだちゃんと使えるんですよ(笑)。

少林寺拳法の教えは「自他共楽」

少林寺拳法の教えは「自他共楽」

 少林寺拳法の教えに「自己確立」と「自他共楽」があります。半分は自分の幸せを考え、半分は他人の幸せを考えるという意味です。住友商事の事業精神の一つに「自利利他公私一如」があります。住友商事(=自分)のことばっかり考えていてはダメで、世のため人のためにしてこそ自らに利もあるという意味ですが、これは「自他共楽」と全く同じ意味です。

 少林寺の目的や拳の三訓とは何かと言うと、「守」「破」「離」です。これは自分の子供たちはもちろん、上司になった時に部下たちにも教えています。「守」は真似ること。少林寺は師範を皆がお手本にしているので、適当にやっているとそれに従ってしまいます。まず「守」を学びなさい、真似なさいということです。

 私がチームリーダーだった時、新人に「とにかく指導員の真似をしなさい」と言い聞かせていました。そして、2、3年したら自分の殻を破って今度は自分なりのやり方を見出しなさい。ただし離れる時も基本を忘れないこと、と教えてきました。次に大切なのは、破ったからといって、奢ってはダメということです。ドイツでの失敗は、私の心の中にあった「どんなもんだ。俺はすごいぞ」という奢りや心の隙からきたもので、そういう時は「守」にもう一度戻り、常に謙虚さを忘れてはいけないのです。そのことを部下に伝えながら、いつも自分に言い聞かせています。

海外生活で深まった夫婦の絆

海外生活で深まった夫婦の絆

 米州住友商事・ロサンゼルス店は昨年、設立55周年を迎えました。米州住友商事は歴史のあるしっかりとした組織なので、こちらに2014年4月に赴任して以来、ロサンゼルス店長として新たな勉強をさせていただいています。

 ご縁があって入社した住友商事ですが、30年間で世界各地に赴任させてもらい、どこも良い所ばかりで感謝しています。特に若い時分にヨーロッパに行けたのは、本当にかけがえのない経験になりましたし、今の私の基盤になっています。

 私の会社人生は、第四コーナーを回ったくらいですが、今回のアメリカ赴任にあたり、「欲ばりだけど、この国はもう少し早く来られたら、もっと楽しかったかもしれないね」と、よく妻と話しています。

 妻には新婚時代から海外駐在でずっと苦労をかけてきました。パリでの新婚時代では初めて経験するすべてに戸惑いを感じて大変でしたが、アメリカでは自分で車を運転して、ご近所や語学学校で知り合った主婦仲間と出歩いたりしてくれているのを傍で見ていると、それがとても頼もしくもあり幸せに感じます。言葉もその国の慣習もわからないなか、2人で助け合わなければ乗り越えていけなかった。その分、普通の夫婦よりも妻との絆は深まったかもしれませんね。

 その時その時で様々な出会いに恵まれ、人のご縁でここまで歩んでこれました。職場で妻と出会い家庭を持ち、日本国内外を駆け回る仕事をさせていただいて、今に至っていることに本当に感謝しています。

「自利利他公私一如」をモットーに

「自利利他公私一如」をモットーに

 これまでの経験のなかで組織として力を出すには何が大切かというと、組織をどうマネージメントしていくかということです。これは家族形成にもつながることで、例えば若い部下に指導していることと同じことを家に帰っても子供に言ってるのです。だからファミリーマネージメントとカンパニーマネージメントはすごく似通っていると思います。

 どんなに大きな組織であっても、会社も人間と同じで、時には病気になります。病気をするのは仕方がないとして、次にそれを予防する方法を考えておけば良い。それを治すことで組織が大きく成長していくのです。米州住友商事はそれができる組織だと信じています。

~信条~

「心技体」

大人度高く、温度差なく
可愛げと、笑いを忘れずに

自分のことばかり考えていたらぶつかり合いになり、家族も会社も疎かになります。自分を磨き大人になる。温度差なく、はコミュニケーションと思いを一つにすること。とは言え可愛げがないと人に愛されません。組織にも家族にも愛嬌と笑いが必要。これらの最初の頭文字を合わせて〝おおかわ〟になるんですよ(笑)

会社概要
社名: Sumitomo Corporation of Americas
本社所在地: 300 Madison Ave.New York, NY 10017
LA店: 6100 Center Dr., Suite 1000.Los Angeles, CA 90045
事業内容: 総合商社
売上: 130億ドル (2014年度)
従業員数: 405名
在米子会社数: 84社
創立: 1951年4月
Web: www.sumitomocorp.com

米州住友商事ロサンゼルス店長 大川智氏

Satoshi Okawa■1962年2月生まれ。神奈川県横須賀市出身。1985年に一橋大学法学部を卒業し、同年株式会社住友商事入社。大阪本社配属となる。1988年〜91年までフランス住友商事に初の海外赴任。繊維用染料を中心とした精密化学品のディストリビュートに携わる。1991年にドイツ住友商事に異動。1995年8月末に帰国し、再び大阪本社勤務。1999年11月、東京本社勤務となり、2001年にスペシャリティケミカル部のチームリーダーに昇進。2007〜11年まで上海住友商事に海外駐在を経て、2014年4月に米州住友商事ロサンゼルス店長に着任。当地ではJBA商工部会長を務める。高校時代から始めた少林寺拳法は正拳士4段の腕前


2015年9月号掲載