「うまい!」は人を元気にする

「うまい!」は人を元気にする

 2年程前に6年間駐在したロンドンから再びロサンゼルスに戻ってきました。ロンドンに赴任する前はロサンゼルスに8年近くいましたので、久しぶりに故郷に戻ってきたような気持ちです。ロンドンでは仕事帰りにパブで立ち飲みしたり、休日は遺跡巡りをするなど欧州の生活を楽しんでいましたが、なんと言ってもここ南カリフォルニアの良さは、世界有数の快適な気候でビールが美味しく飲めることですね。この青空の下でアサヒの「スーパードライ樽生」が飲めることが何よりも最高です。

 樽生は日本から直送しています。そのうまさをアメリカの方々にも実感してもらうため、日本で飲むのと同じ味、クリーミーな泡をお届けできるよう、特製の樽ディスペンサーも日本から輸入するほどこだわっています。樽生は瓶や缶のように最終製品をお客様に直接お届けできるものでないので、レストランやバーなどに足を運んで味わっていただくしかないのですが、「うまい」をお届けするために、メンテナンス体制をできる限り整えると共に、提供するお店の方々にも樽ディスペンサーや容器の徹底した洗浄へのご協力をお願いしています。これは最終工程をお店にお任せするいわば未完成品で、あくまでお店との協同作品だと思っているからです。社員一丸となって本物のうまさを提供することを追求してきたことで、今ではそのうまさが口コミで多くの人に伝わり、こだわりを持って樽生をたくさんの方々に飲んでいただいております。

 樽生以外にもここアメリカでしか飲めない限定ビール「セレクト」を造っています。これは琥珀色のクラフトタイプですが、アサヒならではのコクとキレを追求しています。そのまま飲んでも美味しいですが、レモンのスライスをひと切れ入れると、絶妙なバランスになると評判です。飲んだ方々から「うまい!」のお声をいただくことが私にとって何よりの喜びであり、仕事冥利に尽きます。「うまい」と感じることは、人を元気にします。そして人を元気にする「うまい」の感動は万国共通です。だからこの「うまい!」の追求こそが何より大切なのだと社員一同肝に銘じています。

23歳でオレゴンの大学に留学

 東京の下北沢に生まれ育ち、検事を目指すために大学では法学部に進みました。在学中は懸命に司法試験に向けて勉強をしていましたが、大学3年生の頃に「自分は人の罪を問える人間か?」と思い悩み、法律の勉強に身が入らなくなり挫折しました。その後、極端ですが中学時代から夢中だった彫刻をやりたいという気持ちが強くなり、芸術家としての道を歩もうと両親に相談したところ、芸術では食べていけないと大反対されました。様々な葛藤の末、このまま就職したくないという気持ちと卒業後は海外に行ってみたいという希望もあり、芸術家になることはすっぱり諦めてオレゴン州の大学に留学しました。

 

  オレゴンでは、これまで不完全燃焼だった自分の人生に勝負をかけるべく、ビジネスの勉強や小さい頃から好きだった彫刻を時間のある限り学びました。

 

スーパードライが縁で就職

 アサヒビールとの縁は留学前に発売されたスーパードライを飲んでそのあまりのうまさに感動し、それを伝えるために会社に電話をしたことに始まります。その時応対して下さった方がとても親切で、丁寧に説明してくれたことに感激しました。その後、卒業間際に留学先からサンフランシスコへ旅行した際に立ち寄った日本の本屋さんで『アサヒビールの奇跡』という本を偶然見つけ、あの電話のことを思い出し購入しました。帰宅後、まさにその本を読んでいた時にリクルート会社からアサヒビールが海外留学生を対象に採用面談を実施するとの連絡がありました。すぐにロサンゼルスで面談を受けると何かに導かれたかのように入社が決まりました。

 入社して最初に配属されたのは国際部。その後は西東京支社へ転属となり、吉祥寺を中心とした営業担当として数年が経ちました。

 入社当初から海外での仕事を希望しましたが、なかなかその機会が得られず数年が経ち、ようやく念願叶って米国勤務の辞令が出ました。そして、1994年に当時の提携先の本社があったバージニアに最初の赴任をしました。

海外ビジネスの醍醐味

 海外ビジネスの醍醐味はなんと言っても日本では経験できない広範囲な仕事ができることです。アメリカではライセンス販売から直接販売に移行するため販売会社を立ち上げたり、欧州では英国やロシアのビール会社とライセンスビジネスを始めたり、様々なビジネススキームを構築する貴重な経験を積むことができました。

 マーケティングに関しては、グローバルに成功事例を集積して応用することも試みています。しかしながら、アメリカはアルコールの規制が厳しく、訴訟大国でもあるので他国の販売促進をそのまま同じように使うことはできません。まずは市場の特性を見極め、商品の成長段階によってブランディングや営業方法を変えていくことが重要だと思っています。

 ロンドンはアメリカに比べると日本食レストランは少ないですが、海外ブランドが受け入れられやすい土壌があり、なおかつアメリカでは違法な販売契約が可能なので、街角のパブでもアサヒビールを販売していただいていました。ロンドンの人々の足は基本的には地下鉄なので、気軽に飲みに行ける環境も魅力でしたね。

 イギリスとは真逆にアメリカは世界有数の車社会であり、世界のなかでもアルコールに厳しい社会なので販路拡大には日々奮闘しています。同時に中国に次ぐ世界第2位のビール消費国でもあるので、この広大ながらコンサバ色の強いマーケットでいかにアサヒビールを拡散し、攻略していくかが鍵となります。そんななかでもここ数年はアサヒの樽生は美味しいということをお店の方々に理解していただき、大変好評を得ています。

 また少ない社員で北米全体をカバーしているため、一人一人の役割は大きいですが、素晴らしいチームワークの良さが一番の強みです。個性派揃いのメンバーですが、皆はちきれんばかりのパワーを抑えきれずにいるので、ベクトルが合った時の力は本当に凄いんです。樽生の好調な売れ行きや「セレクト」は、まさにその結晶と言えるでしょう。この素晴らしいチームは私の誇りです。

心を静めて感謝する時間を持つ

 中学生の頃は、彫刻に熱中する一方で少林寺拳法も習っていました。静と動は一見、相反するものに思えますが、アートは表現の仕方で静にも動にもなります。また、少林寺拳法を通じて精神面を学びました。その精神性は今も役に立っています。また、実戦の強さを極めたい気持ちが高じて大学では極真空手を始めました。当時はとにかく強さへの憧れがあり、留学中も格闘技クラブを作り、中国拳法の先生やテコンドー、ボクシングをやっていた学生らを集めて互いに技を学び合っていました。

 強さへの憧れを持つ一方で、逆に自分は何が怖いのかという自問を繰り返すようになりました。突き詰めるとそれは病気であり、死、それも自分の死というよりは大切な人の死でした。実は、渡米後のある時期、常識的にはありえないような不思議な体験が重なったことがあり、それは人が死んでも意識が続くとしか説明できないものでした。到底ありえないことを体験し、輪廻転生を感じてから確信するようになったのです。

 それがきっかけで、魂の永遠性を前提に生きるようになった時から、今までの価値観が大きく変わりましたね。それは、自分が最も怖れることを受け入れ、克服するヒントになりました。その時になんとも形容しがたい喜びと感謝の気持ちに満たされたことを今でも鮮明に覚えています。そして同時に生まれてきた意味、今生きている意味が何かを理解したのです。人は心を高めるために生まれ、生きているんだと強く感じました。心を高めるというと何か修行を積むようなイメージがありますが、そんな大層なことでも高尚なことでもありません。良いこと悪いこと様々なことが起こる日々の中で、歪んだ心を整えて感謝をし、自分の周りすべてを大事に思うことが、心を高める道に通じるのだと思います。今も毎日のように自分の至らなさを反省し、少しでも生まれてきた意味を全うしたいという気持ちで精進しています。

 私が元気であれば家族や友達、社員に元気を伝えられますし、皆が元気であればどんな困難も乗り越えられると思います。心がすべてを形成しており、そしてその心には永遠性があります。何より心を高めていくことは、幸せを今ここに見出すことに繋がります。人は何度も生まれ変わりながら幸せを求めて心を作っているのかもしれませんね。そう考えると私にとっては無尽蔵の力が湧いてくるのです。

健康であるからビールがうまい

 何事にもバランスが大切だと思っています。今でもオフの時間は、自宅にこもって一心不乱に彫刻を作ることもありますが、それは至福の時ですね。公私共に無類のビール好きで、毎日欠かさず飲んでいます。美味しいビールを飲みたいから健康でいなければと思い、そのために身体を動かすのが日課となりました。うんちく抜きにビールを美味しく飲む秘訣は、一生懸命働いて、汗をかいた後に飲むことです。だから美味しいビールを飲むためには、心身共に健康でなければいけないし、良い仕事をしないといけません。

 ビールのうまさを追求していくと、究極は心の元気に辿り着きます。毎日美味しくビールを飲んでいられるのも今、こうして心も身体も健康でいられるからです。

~信条~

「人間万事塞翁が馬」

 順境の時は奢らず、逆境の時は落ち込まず、人生を通じて心を高めることが信条です。

社名: Asahi Beer U.S.A., Inc.
本社所在地: 3625 Del Amo Blvd.
Torrance, CA 90503
事業内容:
●北米におけるアサヒビールブランドの販売及びマーケティング
売上高:1兆7,855億円(2014年度連結決算)
代表番号:(310)214-9051
Web:www.asahibeerusa.com
www.asahibeerusa.com
www.asahibeer.co.jp

Asahi Beer U.S.A., Inc. President 都築孝治氏

akaharu Tsuzuki■1965年生まれ。東京都出身。1991年にアサヒビール株式会社入社。国際部西東京支社営業部を経て、1994年に米国バージニア州に赴任し、1996年ニューヨーク支店長となる。2001年アサヒビールUSA社長に就任。2007年に欧州統括事業長として英国ロンドンに赴任。2013年にアサヒビールUSA社長に再任する。趣味は彫刻と絵画


文 = 千歳香奈子
2015年10月号掲載