特別インタビュー|演出家・映画監督
奈良橋陽子さん

特別インタビュー|演出家・映画監督</br>奈良橋陽子さん

キャスティングディレクター、演出家、監督、演劇学校主宰など、マルチな顔を持つ奈良橋さん。日米の映画界になくてはならない存在として大活躍を続ける奈良橋さんに、その軌跡を伺った。

故今井雅之の遺作を映画化

故今井雅之の遺作を映画化

 今、『手をつないでかえろうよ』という映画の撮影の真っ最中です。これまではキャスティングの方で映画製作に携わってきたことが多かったのですが、今回のメインの仕事は監督。個人的にとても思い入れの強い作品で、全力投球しています。

 これは、5月に亡くなった俳優今井雅之の遺作です。同名の舞台を、彼自身が原作・脚本・演出・主演のすべてを手掛けて、ライフワークとして続けていたのですが、その舞台を映画化したいと、亡くなる前に頼まれたんです。企画を始めた時には既に病気が進行していたのですが、それでも病床で脚本を執筆していました。クランクインはまだ彼が自力で歩けた頃、自らロケハンに行って見つけてきた桜のシーンでスタートしました。頑固な人だったので、本格的に撮影が始まるこの9月まで頑張れると思っていたんですよね。「生きて、生きて、生きまくれ」という彼がよく口にする言葉通り、最後の最後まで希望を捨てていなかった。

 今井雅之とは、当時大学生だった彼が、私がゼネラルディレクターをしていた東京学生英語劇連盟に参加した時からのお付き合いで、私のことをゴッドマザーと呼んでくれていました。彼と過ごした時間は、まるでひとつの旅のようでしたね。こんなことを言うと変に聞こえてしまうかもしれませんが、この映画製作の準備をしていても、同じく彼のライフワークだった『The Winds of God』の舞台演出をしていても、彼の存在をすぐそばに感じています。生前はかなり激しく頑固な人で、常に苦労することがあったと思うのですが、今はそういった部分がすべて削ぎ取られて、作品への思いや私を含めた仲間への思いだけが残って、温かい気持ちで笑って見守ってくれているような、そんな気配がするんです。

 彼は元自衛隊員という肩書きも手伝って、俳優としても強くて頑ななイメージがあったと思うのですが、同時にすごく寂しがり屋でした。『手をつないでかえろうよ』の脚本にも、彼自身が抱えていた人としての脆さ、寂しさ、弱さが丁寧に描かれています。登場人物が世の中の理不尽さに翻弄されていくストーリーなのですが、それでもそこに深い人間味や情があって、人の愛を強く感じられて、生と死の奥深さを伝えてくれるんですね。

 幸せとは何か、生きるって何なのか。今井雅之が遺していった思いをきちんと映像にして皆さんに届けたい。そんな気持ちで撮影に臨んでいます。


コミュニケーションが基本

コミュニケーションが基本

 私自身、最初は女優を目指して、演劇学校に通っていたんです。子供の頃両親と一緒に観た『風と共に去りぬ』に魅了されて、物心ついた頃から映画の世界に憧れていました。

 大学時代に日本の劇団にいくつか所属した後、ニューヨークの演劇学校に留学したのですが、結婚、出産を機にしばらく演劇の世界から離れていました。ある時、学生時代から親交のあったアメリカ人の演出家から、演技がわかる上に、バイリンガルだということで、英語劇の演出を頼まれたんですね。演劇学校で学んだことや、女優になることへの情熱がまだ不完全燃焼だったこともあり、与えられたチャンスに無我夢中で取り組みました。そこから、演じる側ではなく演出の方に傾倒していきました。突き詰めていくと、演技って人とのコミュニケーションだと思うんです。何か表現したいものを、いかに確実に効果的に人に伝えられるか。相互に良好なコミュニケーションがすべての基本である、という考えをこの頃から持つようになりました。

 いい演出をして、いい役者を育てたい。そんな思いから、演出の仕事の傍ら、アクターズスクールも立ち上げました。別所哲也や藤田朋子、時任三郎、オダギリジョーなど、出身者は今も第一線で活躍してくれています。


異文化の橋渡しを映画の世界で


 キャスティングの仕事はどちらかというと、演出の仕事に携わるうちに、監督やプロデューサーに頼まれて引き受けるようになった感じでしたね。

 父が外交官で、子供時代をカナダで様々な国籍の人と接しながら過ごしてきたせいか、いつからか異文化の橋渡しができたらという気持ちを自然と持つようになっていました。昔から人種や文化が違っても人間、基本は同じだから、ちゃんとその間の橋渡しをすれば、必ず理解し合えると信じているところがあって。キャスティングは映画の世界でその思いを実現できる場でした。ですから、キャスティングディレクターとして関わってきた作品も、『ラストサムライ』や『SAYURI』、『バベル』など、文化の橋渡しの要素が濃いものが多いですね。

 キャスティングをする時に心がけているのは、自分の中に固定観念を持たず相手をそのまま受け入れること。誰しもエゴがありますから、実際これがなかなか難しいんですけどね(笑)。でもありのままの人となりを見ることができればその中に、監督の要望や役どころにマッチする部分が見えてきて、ケミストリーが生まれるんです。映画『ラスト サムライ』の渡辺謙、最近では、『Unbroken』に出演したMIYAVIやNHK朝の連続ドラマ『マッサン』に主演したシャーロット・ケイト・フォックスなどが、まさに役柄と本人の間に生まれたケミストリーが作品に生かされたケースですよね。

 MIYAVIとは、会話を交わした瞬間からあの日本人将校の役には彼しかいないと直感。監督のアンジェリーナ・ジョリーも私と同じように感じたようです。彼は演技経験がほとんどなかった上、主人公を冷徹に虐待する将校という難しい役どころだったので、心底悩みながら精一杯、撮影に挑んでいました。私も現場で彼に付き添っていたのですが、最終シーンの前に、他の仕事の予定があって彼を置いて現場を後にしたんです。そうしたら彼から、自分ができる限りをやり尽くして無になってしまった、まだシーンが残っているのにどうしよう、って連絡が来て、大丈夫だから、ありのままの姿でカメラの前に立ちなさいってアドバイスをしたんです。結局そのシーンは、無になってしまった彼と役柄が相まって、監督のアンジーからも最高のシーンになったと称賛されました。

 シャーロットは日本語がまったくできなかったのですが、彼女の持つ奥ゆかしい雰囲気、でもアメリカ人らしく自分の夢を叶えていく強さが、NHKのプロデューサーが思い描いていた、異文化をミックスさせる新しいタイプのドラマにぴったりだったんですね。あれよあれよという間に、お茶の間の人気者になって、彼女自身が一番、驚いているかもしれませんが、最後までくじけずに、よくやり抜いたと思います。

 自分がキャスティングした役者さんが生き生きと演じ、作品に深みを与えているのを見るのは、キャスティングディレクターにとっての醍醐味ですね。


与えてもらった以上に恩返し

与えてもらった以上に恩返し

 ずっとアメリカと日本を往復しながら仕事を続けてきましたが、私にとって一番大切なのは、母親としての自分でした。2人の子供を育て終わって、今はグランマとしての幸せを満喫中です。

 ハリウッドで活躍する一流のプロデューサー、監督、俳優さんたちを見ていて思うことは、仕事ぶりが一流であればあるほど、家族、周囲の人たちを大切にして、人として真っ当に生きている人ばかりだということ。大作映画の打ち合わせよりも、子供が参加する大切な行事を優先させる監督や俳優さんをたくさん見てきました。人生で一番大事なのは仕事ではなく、家族や友人、大切な仲間との人間関係だと私自身実感しています。社会の基本は家庭であり、未来の社会を支えるのは子供ですからね。まだ準備の段階ですが、次は親子関係の尊さを描いた映画も製作する予定です。


夢の実現の第一歩


 映画製作の傍ら、恵まれない家庭環境で苦しんでいる子供たちを救うための活動も始めています。例えばアメリカは養子縁組のシステムが進んでいるので、日本に紹介するといった活動です。なかなか国の制度を変えるのは容易ではありませんが、それでも誰かが声をあげないと何も変わりませんよね。幸い私には、映画を通じて社会問題を訴える手段がありますから、子供たちのためにできる限りのことをしていきたいと思っています。やっぱり基本はお母さんなんですかね(笑)。

 長い期間、舞台や映画の世界に携わってきて、もちろん自分でも最大限努力はしましたけど、人との出会いやチャンスに恵まれた環境で仕事をしてこられたと思っています。幼少時代も、両親、周囲の人間から十分すぎるくらい愛情を与えてもらってきて、本当に恵まれた人生だったんです。だからといって、そこで満足して止まってしまってはダメなんですね。自分が与えられたものを何倍にもして、今後は恩返しとして周囲の人に与えていきたい。今は、後輩の役者の指導にも映画作りにもその思いで取り組んでいます。さらに活動の場を演技の世界からもっと広げて、自分が得てきたものや学んできたことから、成功や幸せのヒントを得てもらえる機会を作りたいと思っています。

 11月に日米協会主催のセミナー「Women’s Leadership Counts(働く女性のリーダーシップ向上)」にパネリストとして参加します。こういうセミナーは、自分が与えてもらったものを人に与えていきたい、という思いを行動に移せるチャンス。夢の実現に苦しんでいる人には「大丈夫だよ」って勇気を与えたい、壁にぶちあたっている人には、問題解決の糸口を提供したい、そんな思いで参加します。このアメリカで自分の夢を実現させようと頑張っている皆さん、1人で考えずに、ぜひセミナーに参加して私に会いにいらしてください!


Yoko Narahashi

1970年代後半より、ロックグループ、ゴダイゴの一連のヒット曲の英作詞を手掛ける。NYのネイバーフッド・プレイハウスで演技を学び、80年ミュージカル『HAIR』の演出で本格的な演出業を開始する。

86年、アップスアカデミーの前身「UPSアクティング・セミナー」を開設。演出した舞台『The Winds of God』は国内のみならず、LAやNYでも上演。

現在はキャスティングディレクターとしても活躍しており、スティーブン・スピルバーグ監督作『太陽の帝国』を皮切りに主な作品では『ラスト サムライ』、『SAYURI』、『バベル』、『ウルヴァリン:SAMURAI』、『パシフィック・リム』、『終戦のエンペラー』での日本人キャスティングおよび、アンジェリーナ・ジョリー監督の『Unbroken』(日本未公開作品)では、日本人のキャスティングとアクティングコーチを務めた。また、NHK朝ドラ『マッサン』のキャスティングに協力。シャーロット・ケイト・フォックスを発掘しNHKに推薦した


2015年10月号掲載