ヤンキースGM特別アドバーザー 松井秀喜氏

ヤンキースGM特別アドバーザー 松井秀喜氏
Photo by Taro Yoshida

 エンジェルスやアスレチックスでプレーしていた際には、カリフォルニア州内に住む多くの日本人の声援に励まされたという松井秀喜氏。恩返しの意味も兼ねて自ら子供たちの指導にあたり、野球の楽しさを伝えながら日本人コミュニティーに元気を与えることができればとの願いから開催された今回の野球教室。ロサンゼルス在住の6歳から12歳までの少年少女27人が参加し、元ヤンキースの主砲から打撃や守備などの直接指導を受けた。

 参加者は事前に5つのグループに分けられ、ジョギングやストレッチなどのウォームアップから始まり、キャッチボールで汗を流した後は、20分間にわたって守備練習を行った。松井氏のアドバイスを受けながらゴロやフライの捕球練習を行った後は、水休憩を挟んで打撃練習が行われ、松井氏自らが打席に立って手本を披露。その後も一人一人に熱心に指導し、フリー打撃では自ら投手役を務め、参加者たちは真剣な表情でバットを振っていた。

 松井氏は自身もバットを振り、サク越えを放つなど、模範演技も披露。元大リーガーのプレーを間近で見た子供たちは、大きな刺激を受けたようだ。約2時間にわたった練習の後は、参加者や保護者たちからの質問に答えるなど、未来の大リーガーを夢見る子供たちと交流の時間を楽しんだ。

 「高校生の時に全日本チームの一員としてロサンゼルスに来ましたが、それが僕にとって初めての海外でした。ロングビーチやリバーサイドで試合をやり、ロサンゼルスは思い出の地です。今日、ここに戻って来られて、皆さんとお会いできて良かったです。今日の経験が、これからもっと頑張ろうという気持ちになってくれたら嬉しいです。野球だけでなく、勉強も大事なので、これからも頑張ってほしいです」と、最後は参加者たちにエールを贈った。

 野球教室終了後、日米メディアのインタビューに応じた松井氏は、「僕は小さい時から野球からたくさんのことを学びました。今日が、子供たちにとって成長のきっかけになったら嬉しいですね」とコメント。自らの少年時代を振り返り、「上手くなりたい、良い選手になりたい。もちろん試合をやれば勝ちたいと思う。ただ、それだけでした」と語り、子供たちにもこの野球教室を転機に「もっと野球を好きになってほしい」との思いを口にした。

近況について

近況について
Photo by Taro Yoshida

 引退後もニューヨークを拠点に生活しており、年末年始に日本に帰国する以外は基本的にはアメリカ生活を送っているという松井氏は、「引退生活は、楽しいというよりも、時間が去年まではゆったり使えていたので良かったですが、今年はマイナーリーグを観ていたので、結構忙しい日々を送っていましたね」と振り返った。今後も機会があれば野球教室を続けていきたいと言う松井氏は、「たくさんのお子さんたちから、逆に私がエネルギーをもらったと思いますし、僕にとっては素晴らしい一日でした。お子さんたちにとっても、そういう一日であってくれたら何よりです。今後もこうやって野球を通じて、たくさんの少年少女に何か良い影響を与えていくことができたらと思っています」と笑顔を見せた。

 久々にバットを振って快音を鳴らしていた松井氏は、「絶対に無理だと思ったのですが、サク越えできましたね。やっぱりロサンゼルスの方が、ボールが飛ぶんじゃないですかね」と照れ笑い。自身の子供にも野球をさせたいかと問われると、「さすがにまだ小さすぎて右利きか左利きかも分からないですから」と笑いを誘った。

 古巣の読売ジャイアンツでは、元チームメイトの高橋由伸氏の新監督就任が決まったばかり。「報告の電話がきました。巨人のこれまでの歴史のなかでも、そういうこと(人事)がどんどん起こっていますから、自然なことだと思っています。ずっとチームメイトでしたし、プライベートでは友人でもありますので頑張ってほしいですね。もちろんOBの一人としても応援しています。かばん持ち以外なら何でもしますよ(笑)。まだ具体的にキャンプ地の宮崎に行くなどという話はありませんが、彼の思うようなチームにしていってほしいですね」とロサンゼルスからエールを贈った。

子供たちのQ&A

子供たちのQ&A
Photo by Taro Yoshida

Q:どうしたら野球が上手になりますか?

松井秀喜氏(以下、松井):上手くなりたいという強い気持ちを持てば、自然とやる気が出る。そうすると、もっと野球が好きになる。好きになれば、レギュラーにもなれる。

Q:子供の頃は、どんな練習をしていましたか?

松井:打つのが好きだったから、誰かの真似をして素振りばかりやっていた。あまり練習をいっぱいしたという印象はないかな。

Q:素振りは何回くらいすると良いですか?

松井:自分の好きなだけ。自分で100回すると決めたら、100回は集中してやる。100回がきつい人は50回でもいい。自分が良いと思う数だけやればいい。

Q:何歳から野球を始めたんですか?

松井:クラブに入ったのは11歳の時かな。4歳、5歳ぐらいの時から、同級生たちとキャッチボールをしていました。

Q:バッターボックスに入る時は、何を考えていましたか。

松井:やっぱり、打たなくちゃいけないと考えている。このピッチャーはどういう特徴があるとか。例えば、球が速いとか、そういうことをちゃんと考えて、ちゃんと心の準備をして入ります。

Matsui55 Baseball Foundation


【Matsui55の理念】
●少年少女野球の発展および普及
●野球を通じての少年少女の健全育成

【Matsui55とは?】
読売巨人軍、ニューヨークヤンキースで活躍した松井秀喜氏のNPO。野球というスポーツ、そして応援してくれたファンの皆様への恩返しの一環として2015年に設立した。
Web: matsui55.org
Facebook: www.facebook.com/matsui55.org/




ヤンキースGM特別アドバイザー 松井秀喜氏

Hideki Matsui■1974年6月12日生まれ。石川県能美郡根上町(現:能美市)出身。生まれつき体格に恵まれ、小学校5年生で「根上少年野球クラブ」に入り、本格的に野球を始める。1990年、星陵高校野球部に入部。92年3月に出場したセンバツ2回戦の堀越戦で本塁打を放ち、ゴジラの異名をとる。93年にドラフト1位で読売ジャイアンツ入団。03年、NYヤンキースに移籍。09年にワールドシリーズで3本塁打を放つなどチームを9年ぶり27度目のワールドチャンピオンに導き、日本人選手初のMVPに輝いた。10年にロサンゼルス・エンジェルスに移籍。11年、オークランド・アスレチックスでプレーし、12年はタンパベイ・レイズとマイナー契約をしたが、同年12月に現役引退を表明。日米で通算507本塁打を記録、20年間のプロ生活に幕を下ろした。13年にプロ野球発展に貢献したことが評価され、恩師の長嶋茂雄氏と共に国民栄誉賞を受賞


2015年12月号掲載