Hail, Caesar!

Hail, Caesar!
©Universal Pictures

キャスト: ジョージ・クルーニー、ジョシュ・ブローリン他
監督: ジョエル&イーサン・コーエン
上映時間: 106分
Rating:PG13(MPAA)
公開日:2016年2月5日全米ロードショー
配給会社: Universal Pictures

コーエン兄弟の久し振りの痛快コメディー

コーエン兄弟の久し振りの痛快コメディー
©Universal Pictures

 『Hail, Caesar!』はジョエル&イーサン・コーエンの最新コメディーだ。コーエン兄弟は独特のビジョンを持った兄弟監督で、『No Country for Old Men』(2007年)で監督賞、作品賞、脚色賞を、『Fargo』(1996年)で脚本賞を受賞しているほか、今年も『Bridge of Spies』で脚本賞にノミネートされている。本作はここしばらくシリアスな作品を作ってきたコーエン兄弟の久し振りの痛快コメディーだ。

 50年代のハリウッドが舞台で、頭空っぽのハリウッドの大スター、ベアード・ウィットロック(ジョージ・クルーニー)が大作『ヘイル、シーザー!』(映画の中の映画も同名タイトル)の撮影中に誘拐されてしまうことから巻き起こる大騒動と、その周辺のハリウッドらしい過大自己評価のバカバカしさを笑いの種にしている。

 コーエン兄弟は、以前にも『Barton Fink』(1991年)というハリウッド風刺映画を作っている。ニューヨークで名を上げてハリウッドに移り住んだ舞台脚本家がハリウッドに住み始めると何も書けなくなるという話だ。ハリウッドを馬鹿にしているというよりは、ハリウッドの現実を冷静に見ているコーエン兄弟ということだろう。

 主演のクルーニーはコーエン兄弟のコメディー『O Brother, Where Art Thou?』(2000年)にも出演していて、その時もちょっと頭が軽い男の役だったことから、クルーニー自身が「僕はコーエン兄弟お抱えのアホ男なんだよ」と笑っている。それに答えてジョエル・コーエンが「上手い役者じゃないとアホな役はこなせない。ジョージの上手さが ああいったマヌケな役を面白くしてくれているんだよ」と言えば、イーサン・コーエンが「それにジョージの見事と言えるほどのスター意識の無さが、ああいった役を完璧にこなせる理由なんだよ」と付け足す。

50年代のハリウッドをコミカルに振り返る

50年代のハリウッドをコミカルに振り返る
©Universal Pictures

 50年代のハリウッドは言うなれば映画工場のようなもので、すべてが管理されベルトコンベアに乗って出来上がった商品・作品が市場に出て行くという感じだった。特に見る人に夢を与える銀幕のスターたちは、完璧な商品でなければならなかった。自分が好きなことをする自由はなく、着るものから住むところ、食事に行くレストラン、付き合う相手までスタジオに管理されていた。この映画に登場する美人女優ディアナ・モラン(スカーレット・ヨハンソン)は人気上昇中でスキャンダルとは無縁でなければならなかった。ところが、誰かの子供を妊娠してしまい、それを隠すためにスタジオは必死で画策する。その頃のスタジオには必ずフィクサーと呼ばれる、何でも解決屋がいたそうだ。エディ・マニックス(ジョシュ・ブローリン)がこのストーリーの中心になるキャピトル・ピクチャーズのフィクサーだ。彼は「ハリウッドには天国の星より数多いスターがいる」と豪語している。ウィットロックの誘拐、誘拐犯たちとの極秘の交渉、ディアナの妊娠、ミュージカル・スター、バート・ガーニー(チャニング・テイタム)の撮影現場でのやりとりなどに忙殺される一方、自分でプロデュースもしている。その上、敬虔なカトリック信者で、教会の懺悔室に通い妻への精神的な裏切りを懺悔するという、身体がいくつあっても足りない日々を真面目に必死に送っている。夢を与えるハリウッドのイメージを秘密と嘘だらけでキープしていた懐かしい50年代をちょっと皮肉って笑いのネタにし、愛を持って振り返っているのが『Hail, Caesar!』だ。

 コーエン兄弟は子供の頃に白黒テレビでハリウッドのミュージカルをたくさん観たという。映画にも素晴らしいミュージカル・シーンが登場する。何でもできるテイタムが軽やかにタップダンスの腕前を披露し、歌って踊って最高に楽しい場面を見せている。とは言え、このシーンはテイタム本人にとっては悪夢だったそうだ。ダンス映画『Step Up』(2006年)にも主演していた彼だからダンスが抜群なのは周知だが、タップダンスはしたことがなかった。脚本には、「ここでダンスをする」「ここで歌う」としか書いていなかったため〝ダンス〟がタップダンスとはコーエン兄弟に会うまで知らなかったそうだ。コーエン監督も、「タップダンスと聞いてかなりストレス・アウトしたようだ」と笑っている。ただし監督は、この映画の振り付けを担当したクリストファー・ガテリに、「テイタムがタップダンスをしたことがなくてもこのシーンをこなせると思うか」と確かめたという。ガテリから、「彼なら出来る」とお墨付きをもらい声をかけた。テイタムはこの役を引き受けてから、ダンサーで女優の妻ジェナ・ディーワンに「どうしよう?」と相談すると「あなたがタップダンスを?冗談でしょう?タップダンスをやったことがないあなたがタップダンスのシーンを???」と厳しい表情で睨まれたとか。ガテリとのレッスンと家に帰ってからの妻とのレッスンのお蔭で、最初はストレスに負けそうだったテイタムも、ついに「タップダンスは楽しい!」と思える瞬間が訪れたという。3日間の撮影の準備に3カ月半かけたと笑う。短いが、キラキラ光る宝石のようなシーンが散りばめられてあるのが、この映画をさらに楽しくする。

 さてディアナの妊娠問題は?子供を生んでから自分の養子にするという苦肉の策があったらしい。実際、ロレッタ・ヤングがクラーク・ゲーブルとの子供を産み、それを隠すために実子を養子にしたという事実があるのだ。今では「なんで?」と思うことが詰まっていた50年代のハリウッドを愉快に振り返って見られるのが『Hail, Caesar!』 だ。


中島由紀子

Yukiko Nakajima■ロサンゼルス在住の映画ジャーナリスト。ハリウッド外国人記者クラブのメンバーとして、20年以上に渡り、世界中でスターの取材を続けている。ゴールデン・グローブ賞への投票権を持つ、3人の日本人のうちの1人


2016年03月号掲載