Eddie the Eagle

Eddie the Eagle
©20th Century Fox

キャスト: タロン・エガートン、ヒュー・ジャックマン他
監督: デクスター・フレッチャー
上映時間: 106分
Rating: PG13(MPAA)
公開日:2016年2月26日全米ロードショー
配給会社: 20th Century Fox

笑いながら目が潤んでしまうコメディー・ドラマ

笑いながら目が潤んでしまうコメディー・ドラマ
©20th Century Fox

 『Eddie the Eagle』は笑いながら目が潤んでしまうコメディー・ドラマだ。英国人スキーヤー、マイケル〝エディ・ザ・イーグル〟エドワーズが1998年にカルガリーで開催された冬季オリンピックに出場するまでを描いたストーリー。

 普通の人が夢を実現し、気が付いたら世界中の人々のヒーローになっていた、という笑いありのフィール・グッド・ムービーではあるけれど、彼が通過した困難は常に命の危険と隣り合わせの怖さがあって、自分に置き換えて見るとただ事ではなく、とても笑ってはいられないと思う深さもある。

 「13歳の時からスキーヤーとしてオリンピックの舞台に出ることしか考えていなかった僕は、やればできると信じていたから、いずれオリンピックに出場することを疑ったことはなかった。疑問といえば、どうしたら出られるのか?ということだけで、出られなかったら…という逃げ場は作っていなかった」とエドワーズは笑う。このポジティブさが自信から来ているのか、現実への盲目から来ているのか、はたまた勇気からなのかはわからない。エドワーズ(超期待の新人、タロン・エガートンが演じる)本人から聞いた話は2時間の映画のなかでは描き切れず、さらなる〝ええ~っ!〟がたくさんある。

 建築工事現場で働く父親を持つワーキング・クラスの彼の家庭は経済的に豊かではない。オリンピック選手一人を世に出すのにどれくらいの〝投資〟が必要なのか想像に難くないのだが、彼がいる環境のなかでは金銭的なサポートは一切期待できなかった。

 13歳の時に学校のスキー遠足に参加したことが彼の運命の分かれ目となった。エドワーズは明けても暮れてもスキー、スキーと取り憑かれた。小さい時から大胆で怖いもの知らずでこれと決めたら誰の言うことも聞かない性分だった。脚、腕、指、首、頭がい骨、鎖骨、身体中のすべての骨を折ったり、ヒビが入る事故を繰り返した。ダウンヒル・スキーヤーとしてアマチュアの試合に出場していたが世界的な名声はなく、切望していたオリンピック選考に漏れてしまった。経済的サポートがない彼にあるのは無限の勇気とやる気だけ。既に22歳でケガだらけのアスリートなら普通は諦めるところだが、エドワーズはダウンヒルでダメでも、と次の作戦を練った。その頃の英国にはスキー・ジャンプの選手がいなかったことから、「これだ!」と目を付ける。スキー・ジャンプが人気の国では4歳くらいでトレーニングを始めるというのに「僕は彼らに20年近く遅れてスタートしたんだよ」と嬉しそうに語る。映画のなかではコーチとして元オリンピック•スキー・ジャンプの選手(ヒュー・ジャックマン)が登場するが、この人物は実在せず、エドワーズには付き添ってくれるコーチはいなかった。

上達したのは、皆の親切のお蔭

上達したのは、皆の親切のお蔭
©20th Century Fox

 理解ある心優しい両親は映画に描かれている通りだという。「母は父が反対した時もできる限りのことをして応援してくれた。父は色々言っていたが、僕がジャンプのトレーニングや試合に出られるように、残業をして貯めた金をそっと僕に渡してくれた」と言う。

 彼の自己流トレーニングはメチャクチャで、正しい訓練を受けて鍛えている選手たちの目には危険で、スキー・ジャンプというスポーツを甘く見ている行動にさえ見えた。だが、無一文で食べ物にも困っているやる気だけの変な英国人に助けの手を差し出す選手が次第に増えていった。英国内にはスキー・ジャンプの訓練を受ける施設はなく、スイス、オーストリア、ドイツなどのトレーニング場に行って習得するしかないが、もちろんその資金はない。もらったダブダブのスキーブーツに足を合わせるために6足のソックスを重ね履きし、ブカブカのヘルメットを紐で縛り付けて使っていた。スキーは使い古したダウンヒル用のものしかない。母親の車を借りてどこに行くとは言わずにスイスに向かい、着いてから「3カ月くらいしたら帰る」と電話をかける。草刈り、荷物運び、ベビーシッター、馬小屋の掃除、やれることをして現金収入を得て、寝られる所なら、馬小屋、物置、スキー場の小屋、精神病院の空き部屋…どこででも寝た。食べ物はレストランの残り物や訓練に来ているチームがくれる物でつないだ。「皆の親切のお蔭で上達した」と振り返る。オーストリアの選手がスキーをくれた。イタリアの選手たちが新しいヘルメットをくれ、ランチの残りを彼に届けた。西ドイツの選手が真新しいジャンプスーツをくれた。

 カルガリー・オリンピックでは最下位だったが、金メダルを取ったどんな選手よりもメディアで騒がれた。ところがその直後、オリンピック委員会はスキー・ジャンプの出場資格規定を変更し、エドワーズくらいのレベルでは出場ができなくなったのだ。「イーグルは羽を切られてしまった」と彼は言う。スキー・ジャンプに真剣に取り組む国々から、エドワーズのような夢だけ大きいアマチュアを出場させるのはオリンピックの恥だ、とクレームがついたからだ。近代オリンピックの生みの親・クーベルタンは「オリンピックは勝つことではなく参加することに意義がある」(※諸説あり)と言っているではないかと主張するメディアもあった。ルール変更後も諦めずに92年のアルベールビル、94年のリレハンメル、98年の長野への出場資格取得に挑戦したが、どれも予選通過しなかった。

 〝僕の金メダル〟と呼ぶ1回だけのオリンピック出場で、彼に夢のようなギャラが手に入った時もあったが、ずさんな収入管理で個人破産し、結婚と離婚を経て現在の生活に落ち着いた。彼を限りなく応援した優しい両親は健在で、この映画のロンドン・プレミアで28年前を思い出して感動の涙を流していたという。


中島由紀子

Yukiko Nakajima■ロサンゼルス在住の映画ジャーナリスト。ハリウッド外国人記者クラブのメンバーとして、20年以上に渡り、世界中でスターの取材を続けている。ゴールデン・グローブ賞への投票権を持つ、3人の日本人のうちの1人


2016年04月号掲載