お茶だからこそできることを

お茶だからこそできることを


 伊藤園がアメリカに進出してから、早いもので15年になります。初めて路面店を開いたのが2001年、忘れもしない9・11のテロが起こる直前でした。その前は日系の通販の会社に勤めていたのですが、伊藤園のアメリカ進出を手伝ってほしいとオファーを受け、マディソン通りに店舗をオープンする準備をしていた頃でした。

 あの日、現実を受け止められないままやっとの思いで自宅に戻り、大きなショックと喪失感を抱えながら、たくさんの人が亡くなって、当たり前だった平和が崩れ去った今、お茶のお店なんかオープンさせてどうするんだ、NYの人の気持ちもお茶どころじゃないんじゃないか、と思い悩んだことを覚えています。でも次の日、あんな大変なことが起こった後でも朝が訪れて、もしかして、大変な今だからこそお茶にできることがあるんじゃないか、人の心を落ち着け、癒す力のあるお茶だからこそ、少しでも役に立てることがあるんじゃないかと思ったんですね。それならなおのこと、訪れたお客様が少しでも心安らげるような店を作ることが大事なのではないかと。そして伊藤園North Americaを、お客様の心を思いやる、日本のおもてなしの精神を持った会社にしたいと思いました。あれから無我夢中で仕事に取り組み、あっという間の15年でした。

日米2つの文化に囲まれて

日米2つの文化に囲まれて

1958年に日本で撮った家族写真。祖母、父、母、叔母と一緒に。真ん中がティソンさん

 生まれはニュージャージーですが、陸軍の大佐だった父の日本赴任に伴い、子供時代のほとんどを東京と沖縄で過ごしました。母が日本人、父はアメリカ人なので、物心ついた頃から、日本とアメリカの文化、両方に囲まれて育ちました。東京に母方の祖母や叔父、叔母が住んでいたのですが、夏休みは必ず祖母の家に泊まりに行って、親戚に囲まれて過ごすのが常でした。叔父が当時テレビ局のプロデューサーをしていて、言葉を使う仕事だったこともあってか、言葉遣いや躾にとても厳しかったんです。子供の頃はその価値があまりよくわからず、祖母から正座の仕方を教わっても、「なんでこんな窮屈な座り方をしなきゃいけないの」って不満を感じたりしていたものです。大人になり、アメリカと日本、両方の文化を理解していることが仕事人としても強みになっていると感じるようになってやっと、古き良き日本の伝統、文化をちゃんと身に付けさせてもらえたことを心から感謝できるようになりました。

自分の特技が仕事になる喜び

 父が陸軍を退役してから家族でアメリカに戻り、UCバークレーに通いました。ちょうど日本でも海外旅行がポピュラーになり、たくさんの日本人観光客がサンフランシスコを訪れていた時期だったので、大学時代は日本語が話せることを活かして、サンフランシスコにあったJALパックでツアーコンダクターや現地案内などのアルバイトをしていました。自分の特技が収入につながることに喜びを感じ、アルバイトながら一生懸命に仕事に取り組みましたね。その甲斐あってか、ある案件を通じてサンフランシスコ・ヒルトンの副社長と知り合い、大学を卒業したらヒルトンで働かないかと誘われたんです。当時は特にホテル業に興味を持っていたわけではないのですが、まだ学生だった私を熱心に誘ってくださることを光栄に思い、ヒルトンへの入社を決めました。

 副社長のアシスタントから始まり、ホスピタリティーおよびオペレーション・マネジャーを経験し、その後、やはり仕事を通じて知り合ったVPの方に誘っていただき、メリディアンホテル、Wホテルに転職して、主に日本人観光客のホスピタリティーに関連する業務を担当してきました。

訪れたチャンスを生かす

訪れたチャンスを生かす

ウエストチェスターの日本人学校にて、お茶に関するレクチャーを行う。子供たちも興味津々で覗き込む


 キャリアを考える時、就きたい仕事、働いてみたい会社に自分から働きかける積極的な方も多いと思うのですが、私の場合、良いか悪いかはわからないのですが、ほとんどの転職が先方に積極的に誘っていただく形で決まり、目の前に訪れたチャンスに乗ってキャリアを築いてきたんです。仕事にも職場にも満足して働いてきたので、次の会社からお誘いをいただいてもあまり乗り気になれないことが多かったんですね。でも周囲から新しいことにも挑戦してみたらとすすめられ、私自身もさらなる達成感を求めていた部分もあり、目の前のチャンスを素直に掴んでいけばいいのではないかと思ったんです。キャリアは実力で掴み取る傾向が強いビジネス界では私は異色かもしれませんね。

 長く仕事をしていれば、こうなりたいと強く願ってもチャンスが訪れないこともありますし、逆に自分が思う形ではないチャンスが目の前に来ることもあると思います。自分ではどうにもならない外部条件に振り回されずに実力を発揮するためには、巡ってきた運をこだわりを捨てて素直に生かすこと、可能性に対してオープンでいること、与えられた環境の中で自分にできる最大限の努力をすることが大切なのかもしれません。生き方も働き方も複雑化している現代社会におけるサバイバル術とも言えるかもしれませんね。

 これは男女を問わずだと思うのですが、仕事で成功している人は、うまく自分の得意分野、好きな分野を業務に生かしていることが多いような気がします。私の場合はそれがアメリカの文化と日本の文化、両方を理解できることでした。仕事のやり方にしても、アメリカ人にはアメリカ人の長所と短所があり、それは日本人も同じで、母国から出たことのない人には得ることのできない強みになるのではないでしょうか。今の時代、言葉の壁を越えて、若い日本人もどんどん海外のビジネス界で活躍するようになっていますよね。日本人の長所を持ちつつ、アメリカ人の良いところも積極的に取り入れてバランスの取れた国際感覚を養っていってほしいです。

お茶の文化を伝えていきたい

 ここまで来る道程を考えた時、自分は本当に幸運に恵まれていたと思います。現職の伊藤園との出会いもまさにそのひとつ。何かに導かれるように伊藤園に入って、やりがいと情熱を持って仕事に邁進してこられました。17歳の時から母にすすめられて茶道を学んできたこともあり、お茶の素晴らしさ、日本独特のおもてなしの精神に裏付けられる茶道の世界をアメリカに広げられることは、日本とアメリカ2つの文化で育ってきた自分の天職のような気がしています。

 昨今アメリカでは、肥満に起因する病気の治療費が国益に影響を与えるほどのものとなり、その元凶の一つとして、白砂糖のたっぷり入ったソーダやジュース類が挙げられ、人々のニーズが少しずつヘルシーな飲み物に移行するようになってきました。消費者の健康志向が後押しになってはくれましたが、やはり健康に良いというだけでは消費者に受け入れてもらえず、当社のお茶も、無糖でも美味しく飲めるという部分を理解してもらうまでの道程は本当に長かったですね。

 昨年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の医学研究所から、弊社の商品を研究したいというアプローチがありました。同研究所はもともとアンチエイジング研究のパイオニア的なところなのですが、研究の一環で、砂糖が大量に入った飲み物がどれだけアメリカ人の健康を害しているのか、そしてお茶がどれくらい健康促進に有効かを具体的に調べたいということでした。現在サンフランシスコに住んでいるので、私も直接研究に協力させていただいて、お茶の効能や健康促進効果に科学的な根拠が得られました。白砂糖の入ったジュース類が身体に与える悪影響に関しても具体的な数字がすべて明らかになり、同校では全米に先駆けて、キャンパスや所属している医療機関のすべてで甘味料の入ったソーダ類を撤去するという大胆な決断をしました。国民の健康問題を改善する大きな一歩だと思います。

 ここ4〜5年で、アメリカでは特にNYを中心に「Tea」と言えば「紅茶」だったのが、「日本茶」と考える人が増えていると報道されています。日本茶ブームに弊社の「お〜いお茶」のヒットが貢献していると言われるのは大変光栄ですね。「お〜いお茶」は日本でペットボトル入りのお茶がブームになるきっかけを作った、我が社の屋台骨とも言える商品です。それがアメリカでも日本茶の普及に役立っているというのはとても感慨深いです。最初は新しいものに好意的なシリコンバレーのVPに受け入れられて、いくつかの会社でランチドリンクとして置いてもらえるようになり、そこからお茶ブームが起こったのですが、今ではこの「お〜いお茶」も、もう一つのメインラインである「Tea's Tea」も全米のグローサリーストアで取り扱われるようになり、一時期のブームではなく、アメリカ人の食生活にしっかりと浸透してきているのを実感しています。

 医学的な健康促進という面でも、忙しい現代人の生活にちょっとした安らぎを作れるという面でも、弊社のお茶がアメリカ社会に貢献できることはまだまだたくさんあると思っています。微力ながら、私もその一端を担えたらと強く願ってやみません。

伊藤園North Americaの社会貢献活動

伊藤園North Americaの社会貢献活動


 2015年12月5日、6日、ロサンゼルスのJapanese American National Museumにおいて、「第5回LA International Tea Festival」が開催された。フェスティバルのメインを占めるゲストスピーカーによるレクチャーのなかで、当記事にご登場いただいた伊藤園副社長ロナ・ティソンさんが、日本のお茶について講演された。

 17歳の時から茶道を習われていた経験を生かし、日本のお茶に関する基本的な知識から、茶道の奥深い世界、茶器の正式な使い方、伊藤園が牽引してきたアメリカにおける昨今の日本茶・抹茶ブームに至るまで、お茶の世界に不慣れなアメリカ人でも親しみを感じられるようなわかりやすく興味深い内容であった。

 伊藤園では、こういったフェスティバルへの参加・後援の他にも、教育機関において子供たちへの茶道、および日本文化を紹介するイベントを行ったり、NYで全米俳句フェスティバルを開催するなど、アメリカに進出した日系企業の社会貢献の一環として、お茶、さらには日本文化の紹介、普及に全社を挙げて取り組んでいる。

~信条~

人生とは、10%は自分で作り、90%はそれをどう受け止めるかだ(アーヴィング・バーリン)

 偶然にも私の父の名前もアーヴィングだったので、父はいつもこの言葉を繰り返していました。困難な状況に直面した時、それにどのように取り組むかによって結果は変わってきます。どんなに難しい問題でも、明るい結果に変えることができるのです。


Ito En (North America) Inc. Sr. Vice President ロナ・ティソンさん

Rona Tison■ニュージャージー州生まれ。アメリカ人の父と日本人の母の元、幼少期のほとんどを日本で過ごし、日本文化を身に付ける。その後アメリカに戻り、1973年にカリフォルニア大学バークレー校入学。日本語を話せることを活かして在学中はJALPAKでツアーガイドのアルバイトをする。77年に卒業後、ヒルトン、メリディアンなどのホテルに勤務しホスピタリティーを学ぶ。2001年、伊藤園入社。毎年静岡で開催される「世界お茶フェステバル」や「ワールド・ティー・エキスポ」など様々なイベントでお茶にまつわる講演や実演を行い、お茶の健康促進効果や効能を伝えている

会社概要


社名: Ito En (North America) Inc.
本社所在地: 20 Jay St. Suit 530, Brooklyn, NY 11201
事業内容:●緑茶と健康飲料の製造販売
従業員数: 5,000名 (ITO EN Group)
創立: 2001年5月
Web: www.itoen.com
売上: 4300億円(2015年度、日本本社)


文 = 中村洋子

2016年2月号掲載