建築、ファッション、音楽。
愛して止まない1920年代の文化

 もしピアニストになっていなかったら、きっと建築やインテリアなどのデザインの勉強をしていたわね。特に1920年代の建物が好みで、新築の家は木の匂いがして気持ち良いけど、私は昔の人の霊が宿っていそうな古い家の方が好き。アメリカの家も1920年代に建てられたものだし、パリの家はもっと古くて1880年代かな。内装もオリジナルのまま。今どきはワンフロアにして飾り彫刻もすべて取っ払ってる人もいるらしいけど、とんでもない話よ。

 幼い頃から住んでいる下北沢の自宅は築70年ほど。1階が私たち家族の住まいで、2階は青年座の稽古場だったの。俳優の西田敏行さんは、いつも母に優しい言葉をかけてくれてたみたい。窓枠も木じゃなくて真っ黒い鉄でできていて、地震が来てもびくともしないわよ。この間も地震があったけど、ランプがちょっと揺れただけ。外は大騒ぎで、「あら地震かしら?」って言ってるうちに揺れも収まっちゃった。やっぱり昔の家は頑丈にできてるわね。建築やインテリアだけじゃなくて、ファッションや音楽もやっぱり1920年代のものに心惹かれるわ。

もっぱらインドア派 絵画や裁縫など多彩な才能

もっぱらインドア派 絵画や裁縫など多彩な才能

(左)サンタモニカの自宅に飾られたリトグラフ
(右)「ピアノを弾く少女」(1972年)は、ロサンゼルス公演のパンフレットに使用されている


 コンサートで世界中を飛び回っているけれど、家に戻れば絵を描いたりお裁縫をしたり、もっぱらインドア派ね。小学校の時はピアノを弾くより絵を描いてる方が好きだった。

 昨年発売したDVDのジャケットはパリで3日ほどかけて描きあげたもの。鉛筆で下地を描いて水彩絵の具で色を入れていくの。私は男性の顔を描くのが苦手でね。どうしても女性の顔になっちゃう。この絵も何度直したかわからないわ。小さな絵でも肩はこるし目は痛いし、本当に大変。でも絵は3日放置しても消えないから良いわね。ピアノなら3日間やらなければてきめんにダメになっちゃうんだから。

 お裁縫は主に自分が着る洋服をリフォームしているの。私は気に入った服があったらすぐ買っちゃうタイプ。たとえ持ち合わせがなくても取り置きしてもらう(笑)。既成の服を好きなようにアレンジしたり、サイズが合わなくても色々と工夫するの。今日着てる服もそうよ。袖の部分を切ってハンカチを縫い付けてあるの。

無類の動物好き。愛猫は50匹以上。
年齢を重ねても前向きに

無類の動物好き。愛猫は50匹以上。<br / >年齢を重ねても前向きに

撮影:Gene Shibuya

 NHKの番組を観た方なら知ってらっしゃるかもしれないけど、私は無類の動物好き。犬も猫も大好きだけど、下北沢の自宅には30匹の猫を飼ってるの。ほかにも猫シッターさんに預けてお願いしてる20匹と、欧米の家にも数匹ずつ。全部で55匹は軽く超えてるわね。小さい頃から猫を飼っていて、猫を飼えない時代もあったけど、猫がいない生活なんて考えただけでぞっとするわ。でもヨーロッパで極貧時代を送っていた頃、猫の餌を優先して自分が食べる物がなくなった時は、さすがに大泣きしたわね(笑)。それでも手放すことなんかできなかった。

 今飼っているのはほとんどが成猫で、捨てられたり置いてかれたりした子ばかり。いじめられてるから人間不信の子も多いわね。もともと動物愛護の援助をしていたのだけれど、東日本大震災が起こってからは、被災地の動物支援チャリティーコンサートも定期的に行っています。被災地にたくさん動物が取り残されて死んでいったでしょ。動物を飼っていると、自然災害が起こったらどうしようっていつも考えちゃう。私はクリスチャンだから、神様に祈って助けてくださいってお願いしてるわ。

 今私が大好きな男性も猫を飼ってるの。チェコの方でこれまで何度も共演しているのよ。初めて会った時は、なんていい男なんだろって一瞬で気持ちを持っていかれたわ。痩せ過ぎで足なんかお箸みたいだけど(笑)。少年みたいな心を持っててそこが好き。彼に迷惑かけちゃいけないなんて思いながら、会うと嬉しい。私がモスクワ国立交響楽団との共演で失敗した時なんて、「著名な大家でも間違えることがあるから悔むことなんかないよ」って慰めてくれた。ホントいい人よね。私は携帯を持たないから電話はしないけど、旅先からよく手紙を送ってるの。私が彼に好意を持っていることはバレているんじゃないかしら。結婚する気は全然ないけど、この恋を成就させるのが夢かしら、ふふ。

 新聞や雑誌を読んでいると日本の若者は元気がないみたいね。もっと自分のやりたいことに突き進んでほしい。それにはやっぱり自分を知ること。私は40歳を過ぎるまで自分は全然ダメだ、大したことないと思ってたけど、周りと比べた時、自分がどれだけ優れているかがわかって、ようやく勇気が出たの。自分を知るためにはもっと自分を研究しなきゃ。芸術ならその道の大家のところに行って助言を求めてもいいんじゃない。ただし大したことない人のところに行ったってダメ。本物に意見を仰がなきゃ。自分の能力や価値をきちんと見極めることで、道は開けるはずよ。

最新リサイタルレポート

最新リサイタルレポート

 3月13日にZipper Hallで開催された「東日本大震災5周年チャリティーコンサート」(在ロサンゼルス日本国領事館/在ロサンゼルスポーランド共和国領事館後援)の様子。チケットは発売2週間ほどで完売。当初予定のなかったバルコニーを開放する盛況ぶりで、約430名が詰めかけた。リサイタルの収益金の一部は、“2011 Japan Relief Fund”に寄付されている。

ピアニスト フジコ・ヘミングさん

Ingrid Fuzjko Hemming■ロシア系スウェーデン人画家・建築家の父と日本人ピアニストの母の間にベルリンで誕生。東京芸術大学卒業後、本格的な演奏活動を開始。その後ドイツへ留学し、ベルリン音楽学校を優秀な成績で卒業する。今世紀最大の作曲家・指揮者ブルーノ・マデルナに才能を認められ、彼のソリストとして契約するも、リサイタル直前に風邪をこじらせ聴力を失う。その後はストックホルムに移住し、耳の治療の傍ら、音楽学校の教師の資格を得てピアノ教師をしながら欧州各地で演奏していた。1995年帰国。99年にNHKのドキュメント番組『フジコ〜あるピアニストの軌跡〜』が大反響を巻き起こす。同年、ファーストCD『奇蹟のカンパネラ』は200万枚以上を超える売り上げを記録。日本ゴールドディスク大賞/クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤーなど数々の賞を受賞。また近年では東日本大震災復興支援および被災動物支援のためのチャリティーコンサートも精力的に開催している。
【オフィシャルサイト】http://fuzjko.net/


自分の能力や価値を見極めることで必ず道は開けるはず〜その1〜へ


2016年06月号掲載