キューバの建物のドアはとても高く、2 階にリビングルームがある(左)
ハバナ市内のサンセットポイント、マレコン通りから見るサンセット(右)


 2015 年7 月20 日、アメリカとキューバが正式に国交回復を発表した。1959 年にフィデル・カストロを中心とした革命軍が革命を起こし、1961 年にアメリカと国交を断絶。それ以降、キューバとアメリカは、50 年以上、国交がない状態にあった。2015 年12 月12 日、アメリカン航空がロサンゼルス国際空港から、ハバナのホセ・マルティ国際空港へチャーター便を飛ばした。今後、チャーター便は増え、定期便も就航する予定。今回の特集では、数年以内に気軽に行き交うことができるようになるキューバの魅力に迫る。

キューバの歴史

キューバの歴史
撮影:Tak S. Itomi


 キューバは、1492年コロンブスの第1回遠征の時に発見された島で、1800年代後半まで、スペインの統治下に置かれていた。それまで住んでいた原住民は、スペインが植民地化する過程で、強制労働や虐殺、疫病によって、ほとんどが滅びたと言われている。

 1800年代に入り、南米の国々が次々とヨーロッパの植民地から独立していったが、スペインは最後の砦としてのキューバをどうしても手放したくはなく、キューバの植民地化を強化していった。しかし、1898年、キューバはアメリカの助けを借り、スペインから独立した。

 日本人には馴染みがないが、キューバ独立戦争の中心人物の一人がハバナで生まれた、ホセ・マルティ。建国の父と呼ばれる彼は、現在でもキューバの英雄として讃えられ、ハバナ市内には、彼の名前のついた場所や銅像がたくさんある。

 独立戦争の際、アメリカの助けを借りたため、独立後はアメリカ資本がキューバ国内に流れ込み、実質アメリカの植民地と化した。

 1936年、以前から政府軍として活躍していたフルヘンシオ・バティスタが政権を握り、1940年に大統領に就任。次の選挙では失脚するが、1952年に再び大統領になり、独裁政治を始める。親米の彼は、アメリカと友好的な関係を築いたため、アメリカ資本が国中に溢れるようになる。

 1953年、弁護士のフィデル・カストロ率いる反バティスタ軍がモンカダ兵営を襲撃、失敗に終わり、カストロを含む指導者たちは収監される。その後、バティスタが大統領選に再選。その際にカストロを含む政治犯たちは恩赦を受け、釈放された。その後、カストロはメキシコに亡命。そこで、グアテマラの革命に関わったアルゼンチン人のチェ・ゲバラと出会い、意気投合。弟のラウル・カストロや一緒に革命を起こしたカミロ・シエンフエゴスと共にゲリラ訓練を受ける。

 1956年12月2日、カストロ率いる革命軍が、キューバに到着。その後、約2年間の政府軍との戦いの末、1959年1月1日、ついにバティスタが亡命を表明し、フィデル・カストロが政権を握ることになる。

 カストロは、農業に力を入れ、アメリカ資本に握られていた土地や企業を次々と国有化。社会主義への道を突き進んでいった。当初、アメリカとは友好的な関係を築こうとしていたが、うまくいかず、アメリカと冷戦状態にあったソ連との関係を深めていった。キューバが思い通りにならないと知ったアメリカは、1961年に国交を断絶する。

 現在キューバは、農業と医療の面で、世界最先端国家の一つとして知られている。世界で災害があった場合は、率先して医師団を派遣しているのもこのためだ。

 キューバ革命で革命軍を率いたフィデル・カストロは、現在89歳。政権を弟のラウル・カストロに譲り、表舞台に出てくることはほとんどない。ちなみにラウル・カストロがフィデル・カストロの後継者になった理由は、弟だからというわけではない。一緒に革命を起こした仲間で、現在も生存しており、一番近くにいたのがラウルだったからなのだ。彼らの子供たちは、政治とはあまり関係のないところで生きている。

キューバのアクセス

キューバのアクセス

ホセ・マルティ国際空港の出発ロビー。空港内は、赤の装飾が多い(右)


 キューバの玄関口は、首都ハバナにあるホセ・マルティ国際空港。アメリカからは、チャーター便が飛んではいるが、現時点で定期便はなく、一般のアメリカ人がキューバに入国するのは難しい。ジャーナリストや教育を目的としたグループなどだけが、チャーター便を利用できる。

 ホセ・マルティ国際空港へは、アメリカ以外の国からの定期便は運行されている。アメリカの近くでは、メキシコシティ、カンクン、トロント。他にはパリやマドリッド、ロンドンなどからもアクセスできる。

 現在、アメリカ人がキューバに入国することは違法とされているが、特に取り締まりを行っているわけではない。ある資料によると、国交を断絶してから今日まで、キューバに入国したとして捕まったアメリカ人は4人しかいないらしい。

 対してキューバの方は、基本的にはアメリカ人を含め外国人が来るのはウェルカムな状態。そのためアメリカ人が入国しても、キューバ国内では違法にはならない。キューバ入国の際には、アメリカを経由する場合を考慮し、入国者全員のパスポートに入国のスタンプは押されない。せっかく行ったのに寂しい気もするが、アメリカに住み続けたければ、キューバ入国を証明するようなものは持たない方が賢明だ。

 2013年に、私たちがキューバを訪れた時のルートやチケットの買い方をご紹介しよう。まずはカンクンからキューバに入るルートに設定して、カンクン往復のチケットを購入。アメリカからキューバの航空会社「クバーナ航空」のサイトでチケットを購入しようと試みたが、支払いの画面で、「アメリカからのアクセス」を理由にそれ以上進むことを拒否された。日本の旅行会社で、購入できるところがあったが、往復300ドル程度のチケットに対し、手数料が約100ドルかかるため、止めることに。航空券は、カンクン空港のクバーナ航空窓口でキャッシュで買えるという情報を入手し、キューバ行きのチケットは買わずにカンクンへ。

 カンクンの空港に航空会社のブースがあり、そこでチケットを購入。オンラインで見た時より随分高かった。隣のブースで250メキシコ・ペソ(2013年当時)を払いツーリストカード(観光ビザ)を受け取り、無事にキューバに行けることに。ちなみに、私たちはグリーンカードホルダーの日本人なので、キューバに行くことは違法ではない。

 今後、アメリカン航空を始め、いくつかの航空会社がキューバのホセ・マルティ国際空港への定期便を就航させる予定になっている。

キューバではどこに泊まる?

キューバではどこに泊まる?

右側の水色の傘マークが民宿「CASA」の印(左上)
私たちが泊まった部屋。バスルームは共同だった(右上)
夜中の旧ハバナ市内中心。色々なところから聞こえてくる音楽で街は賑わっている(下)


 ハバナ市内にホテルは数カ所しかなく、値段も1泊300ドル以上する高級ホテルばかり。そこで、ほとんどの旅行者は、「CASA」と呼ばれる民宿に泊まる。カサとは政府公認の民宿。キューバの一般家庭はインターネットが入っていないため、ネットでの事前予約はできない。街を歩くと、白地に青い文字で「カサ」のサインが出ている建物が数十メートルおきぐらいに目に付く。宿泊場所が決まっていない旅行者は、歩いて飛び込みでカサを探しているようだ。

 私たちの場合は、空港のインフォメーションセンターで、「カサに泊まりたいけど、どうやって探せばいいか?」と訪ねてみた。すると、「知り合いのカサに電話してあげる」と言われ、その場で予約をしてくれた。その人に案内されるままにタクシーに乗せられ行き先を告げてもらう。タクシーに乗る前に告げられた料金は、一律の25CUC。

 タクシーの車窓から見るハバナは、なんとも言えない異国情緒に溢れ、ノスタルジックを感じる。道を走るのはおんぼろの1950年代のフォード・クラシックカーと馬車。メキシコとはまた違ったトロピカルカラーの建物が立ち並び、今にも朽ち果てそうな雰囲気。交差点の角では、野菜やスナックが屋台で売られている。まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。

 カサに到着。ドライバーが、門を叩いてオーナーを呼んでくれる。2階から顔を出したオーナーが笑顔で手を振る。ドライバーにチップを含めて、料金を払おうとすると、自分の財布を出して、お釣りを出そうとする。「お釣りは要らない」と言うと、「とてもとてもとてもありがとう」と言われた。チップの概念がない国のようだ。

 カサのオーナーは、まず笑顔でハグをしてくれた。英語は一切話さないが、一生懸命、いろいろ教えてくれる。私たちも、少しだけしか知らないスペイン語でコミュニケーションをはかる。

 カサは基本的に、朝ご飯付きで、アメリカドルにすると1部屋35ドル〜50ドル程度と、かなりリーズナブル。私たちが泊まった所は45ドルで、シャワーが付いてお湯が出た。一般の家庭では、シャワーは基本的には水のみで、ラッキーだったらお湯の出るシャワー付きカサに当たると他の旅人が教えてくれたのだ。

ハバナ観光

ハバナ観光

クラッシックカーも馬車も、観光客相手のタクシー

 キューバの首都ハバナは、スペインのコロニアル様式の建物が残るカラフルな街。街全体が世界遺産に指定されていて、海沿いには、かつてスペインが建設した要塞がいくつも並ぶ。そして、革命前に入ってきたであろうアメリカン・クラシックカーが走っている。これが現在のハバナの姿だ。

 ハバナの街はとても小さく、基本的には歩いて観光ができる。短距離ならバイクタクシーのトゥクトゥク、長距離ならクラシックカーのタクシーで移動できる。また、観光用の馬車もある。

 1日で効率よくハバナ市内を観光するなら乗り放題のホップオンホップオフバスが便利。観光地をくまなく網羅していて、ハバナの旧市街だけではなく、新市街の近くにある革命広場などにも行くことができる。

換金

換金

観光客用の通貨CUC

 キューバのお金は、現時点でキューバ国内でしか換金できない。キューバに入国したら、まずは空港の両替所で、換金する必要がある。どこの国でも空港には両替ブースがたくさんあり、少しずつレートが違うが、キューバはすべて国営のため、両替ブースは1カ所。そして、アメリカドルから換金すると10%の手数料が取られるので、メキシコのペソか日本円からの換金の方がお得だ。2013年当時、日本円の換金率はとても良かった。

 キューバには、通貨が2種類ある。旅行者が使う兌換ペソ(CUC)と、キューバ人が使う キューバ・ペソ(人民ペソ:CUP)があり、両替所で換金すると兌換ペソがもらえる。2013年に私たちが行った時は、1CUC=約US1ドル=500mlのペットボトル1本程度だった。つまり、アメリカと物価はほぼ変わらないということ。ちなみに人民ペソの場合は、1キューバペソ=10セント。全て10分の1の値段になる。ただ、旅行者がこの人民ペソを手に入れることは難しい。

取材・文 = 芦刈 いづみ/撮影 = Tak S. Itomi

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